ネガティブ・ケイパビリティ ~不確実性や曖昧さを許容する力~

(VISIONARY-KANGOBU_No.2)

今の時代を表す言葉として「VUCA」という言葉をさまざまな場面で耳にするようになりました。
VUCA とは、社会やビジネスにおいて、将来の予測が困難になっている状態を示す造語です。不安定さ(Volatility)、不確実さ(Uncertainty)、複雑さ(Complexity)、曖昧さ(Ambiguity)の頭文字をとって作られ、もともとは軍事用語として使われていた言葉ですが、2010年以降から広くビジネス社会でも使われるようになってきました。

先行きが不透明で正解がない、このような時代において私たちに求められる力の一つとして、「ネガティブ・ケイパビリティ」が近年注目を浴びています。

ネガティブ・ケイパビリティとは「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える力」「事実や理由をせっかちに求めず、不確実や不思議さ、懐疑のなかにいられる力」「違和感を抱えたまま、とどまる力」を意味します。

一般的に、人は、目の前に理解できないもの・嫌なものが放置されると脳が落ち着かず、「すっきりさせたい」「明確にしたい」、もしくは「なかったことにして切り離したい」という衝動が起こります。そして、そうした不快な状態を回避しようとして、脳はとりあえず意味づけをし、何とか「わかろう」とする作用が起こります。しかし、「わかった」つもりの理解がごく低い次元にとどまってしまい、高い次元での理解に発展しない、もしくは、本当に必要な変化に気づかなくなることがあります。

「わからない」ことをすっきりさせようとするのではなく、あえて不快さや居心地の悪さに意志をもってとどまり(判断の保留)、待ちつづけることで、新しい思考や認識を出現させることにつながるのです。

このネガティブ・ケイパビリティという言葉を創ったのは、イギリスの詩人ジョン・キーツ氏だといわれています。
もともと医学を志し、のちに詩の道に進み、25歳という若さで亡くなったキーツ氏ですが、シェイクスピアに比肩する偉才と評され、素晴らしい作品を多く残しました。
彼自身はシェイクスピアをお手本に、さまざまな偉大な詩人を研究し、その過程で、偉大な仕事を達成する人間の持っている特質はネガティブ・ケイパビリティだと気づいたようです。
特にシェイクスピアは、「特定の真理観に固執することなく、さまざまな視点を有し、世界に開放性、受容性、柔軟性を持ち、自己をからっぽにして対象のなかに没入し、そこから偉大な創造を得ている」とキーツは考えました。

特に、成功体験が多い上位管理者は注意が必要です。たくさんの問題を解いてきた分、素早く解決策を示すことができるかもしれませんが、不確実性の高い今日においては、その答えが本当に正しいのかどうかは、実際のところは「わからない」。それを前提に、さまざまな視点から物事をとらえる構えが必要です。

一方で、私たちにとって馴染み深いのは「ポジティブ・ケイパビリティ」です。ポジティブ・ケイパビリティとは、問題を素早く見いだし、分析し、解決策を提示していく力であり、「正解」がある成長社会においては、最も管理職に必要とされる能力の一つでした。
しかし、「正解」がない成熟社会においては、これまでの「正解」が「不正解」になることもよくあり、私たちがこれまで積み上げてきた経験値は、変化が必要なときに逆に大きな足かせになってしまうことが少なくありません。

特に、成功体験が多い上位管理者は注意が必要です。たくさんの問題を解いてきた分、素早く解決策を示すことができるかもしれませんが、不確実性の高い今日においては、その答えが本当に正しいのかどうかは、実際のところは「わからない」。それを前提に、さまざまな視点から物事をとらえる構えが必要です。

ポジティブ・ケイパビリティ
問題をすばやく見出し、分析し、解決策を提示していく力
ネガティブ・ケイパビリティ
不安や居心地の悪さを受け入れ、不確実さや曖昧さの中にとどまる力

では、ネガティブ・ケイパビリティは具体的にどのような場面で有効なのでしょうか。
たとえば、他者との関係性において、自分と価値観が異なる人へはモヤモヤやイライラが起こりやすいものです。そういった他者と関係するとき、自分の価値観で相手を説得してコントロールするか、相手が自分よりもパワーが強い場合は物理的な関係を断ち切ろうとする動きが起こります。これが、その状況を「何とかしようとする」ポジティブ・ケイパビリティです。

しかし、そういった相手こそ、自分にない何かを気づかせてくれる相手であったり、自分の価値観の枠組みを広げてくれる存在であることが少なくありません。だからこそ、居心地の悪さを「何とかしようとする」のではなく、あえて居心地の悪さに身を置き、意図して「何もしない」ネガティブ・ケイパビリティが有効ともいえます。

たとえば、上司の立場として、部下が悩んでいたらすぐに「私だったらこうするわよ」とか「それはこうしたらいいじゃない」と素早く解決策を示せば、部下は安心するかしれません。上司としての有能感を示すこともできます。しかし、それによって失われるものは何でしょうか。それは、その部下が自身で体験すること、そして失敗からより深い気づきを得ることかもしれません。
状況にもよりますが、本人の学びを重視するのであれば、あえて「何もしない」ことが、本人の成長しようとする自然な力を尊重することにつながることもあります。

このように、ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティ、この二つの力を状況によって使い分けられる能力が、今管理職に求められているのではないでしょうか。

文献
1)枝廣淳子.答えを急がない勇気 ネガティブ・ケイパビリティのススメ.イースト・プレス2023.
2)帚木蓬生.ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力.朝日新聞出版.2017.

渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。


組織運営は「緊張」と「緩和」のバランス(VISIONARY-KANGOBU_No.1)

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