本シリーズでは、看護部の明日をより輝かせるための、組織運営・人材育成の話題をお届けします
オフコミュニケーション不足が組織の機能を弱める
人口減の時代になり求職者の数が不足し、医療機関にとって、入職時の人材の質を以前と同様のレベルに維持することが難しくなっています。
一方で、新型コロナウイルス感染症対策など、現場の業務量と難易度は年々高まり、職員に対する期待と現実との乖離が広がりました。このような状況のなかで、スタッフをまとめる立場である役職者にとって、負担感と課題解決の難易度が増しています。
大きなきっかけは新型コロナウイルス感染症拡大です。院内でオフコミュケーションの機会が圧倒的に少なくなり、職場でのコミュニケーションは主に仕事上のものに限られるようになりました。
その結果、組織内の関係性の質が低下し、仕事のきつさに加えて、人間関係のギスギス感が重なり、職場内で孤立感を抱える役職者が増えてきました。
ハーバードビジネスレビューのレポート1)によると、「1980年以降、孤独率は2倍に増加した。孤独は仕事のパフォーマンスを低下させ、創造力を狭め、意思決定や職務遂行機能を損なわせる」とされています。
組織運営は「緊張」と「緩和」のバランスがきわめて重要となります。職場の緊張状態が高まることは、ミスや事故を増やし、メンタル不全や離職を増加させる要因となります。
古くから日本に根付いてきた「緩和」の場
日本民俗学の創始者でもある柳田國男氏は、「ハレとケ」という日本人の伝統的な世界観について提唱しています。
「ハレ」とは、正月・節句・お盆といった年中行事、七五三・冠婚葬祭といった儀礼など、非日常的な行事の時間や空間を指し、「ケ」はハレ以外の日常生活、ふだんの労働や休息の時間を指します。柳田氏は「ハレ」と「ケ」の違いを明確にし、ハレとケの循環が日本人の生活文化に根付いていることを強調しました。
人類が定住を始めた1万年前から「祭り」が各地で共通に行なわれるようになったといわれていますが、こういった非日常的空間が、日常の「緊張」から人々を解放させる「緩和」の役割を担っていたと考えられます。
昭和から平成初期にかけての日本型経営では、こういった日常と非日常とを行き来できる時間や空間が担保されていました。たとえば、社員旅行や運動会、飲み会、タバコ部屋での雑談などが、ふだんの仕事や上司部下関係の緊張状態から解放し、遊びやゆとり、集団としてのつながりを作り、「緊張」と「緩和」のバランスを保ってきました。
しかし、近年の組織運営では、この「緩和」の要素が著しく減っています。組織は人で成り立っており、人は決して機械ではなく感情を持った生き物であること、そして、人は社会的な動物であり他者とのつながりがなければ生きていくことができないことを、マネジメント側は忘れてはなりません。
安心安全を感じられる機能を職場が有しているか
2022年に株式会社日本マンパワーが新入社員に対して実施した「新入社員意識調査2022」2)で、「働くうえで最も大事にしたいもの」のトップは、「心地よい環境にいること」でした。2010年の調査開始以来初めてのことのようです。また、「心地よい環境にいること」と回答した者のうち、「会社を選んだ本音の理由」第1位は「社内の人間関係や雰囲気が良さそうだから」でした。
このような結果からも、成長や成果を追求するバトルフィールドの機能だけでなく、安心安全を感じられるホームベースの機能を職場が有しているかどうかが、これからの組織運営ではより重要になってきているといえます。
「組織の循環モデル」から考えるマネジメントの役割
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム氏が提唱した「組織の循環モデル」(下図)では、関係の質が高まると思考の質が高まり、思考の質が高まると行動の質が高まり、行動の質が高まると結果の質が高まります。そして業績が上がったり望ましい成果が出せたりと、結果の質が高まると、関係の質がますます高まるサイクルが生まれます。
反対に、組織としてのパフォーマンスが下がったり大きなトラブルや事故が起こったりと、結果の質が下がると、犯人捜しが始まったり他責になったりと関係の質が下がり、関係の質が下がると思考の質が下がり、思考の質が下がると行動の質が下がり、行動の質が下がると結果の質が下がるという負のスパイラルに陥ります。
<図:組織の循環モデル(ダニエル・キム)>
特にマネジメント側は注意が必要で、階層が上がるほど結果責任を問われるため、結果を出すために部下の行動にフォーカスを当てがちです。もちろんそれによってメンバーの行動が改善され、チームの結果が上がれば問題ありませんが、厳しい状況下では、むしろ行動にフォーカスすればするほど「笛吹けど踊らず」の状況に陥りやすいのではないのでしょうか。
タスクや結果に囚われすぎず、一見遠回りにも見える、人と人とのコミュケーションの質を高め、集団としての絆を深めていく取り組みが、今求められているのかもしれません。
文献
1)ハーバード・ビジネス・レビュー.2018年6月号.
2)新入社員意識調査2022:新入社員のキャリアのこれから.2022年7月,株式会社日本マンパワー.
渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。