人はどうして壁にぶつかるのか ~成人発達理論から考える人材育成のあり方~

(VISIONARY-KANGOBU_No.6)

成人発達理論とは

近年、企業を中心に成人発達理論を人材育成に活かす動きが出てきています。
成人発達理論とは、成人は生涯を通して発達を続け、さまざまな段階を経て成長していくという理論であり、著名な発達心理学者として知られるE.H.エリクソンは、個人が生涯を通じて発達を遂げる8つの段階を提唱し、各段階で個人が直面する課題や発達の特徴を示しました。
この発達段階は、個人の発達を包括的に捉えることができるため、教育の分野や臨床心理の現場など、さまざまな分野で活用されています。

水平的成長と垂直的成長

成人発達理論では、人の成長を「水平的成長」と「垂直的成長」の2つに分けて説明しています。
水平的成長とは、同じ職種や同じ仕事をする中で、知識を習得したり経験を積んだりして、スキルを向上させていく成長を指します。
例えば、看護師として、新人看護師が看護記録を作成する、医療機器の使用方法を学ぶ、患者への基本的なケアを提供する、といったことを習得すると、次に、複数の患者を同時にケアする方法を学ぶ、緊急事態に適切に対応するためのスキルを身につける、患者や家族とのコミュニケーションスキルを向上させる、といったように、より効果的・効率的に業務を遂行していくスキルを磨いていく、これが水平的成長です。

一方で、垂直的成長とは、視野の広がりや器の拡大といった、精神的な発達を指します。
立場が人間の成長を促す、といわれますが、部下を持つ管理者の立場になる、子を持つ親の立場になる、PT Aの会長になる、自治会の役員になる、といった経験を通じて、さまざまなステークホルダーの利害を考慮することで視野が広がったり、自分とは異なる他者と協働する経験を通じて、人間的な懐が深くなったりすることがありますが、これを垂直的成長といいます。

垂直的成長に伴う葛藤

これは私の実感ですが、水平的成長と比べて垂直的成長は、心理的な葛藤や痛みが伴うという特徴があります。
例えば、一般職から役職者になると、期待される役割も行動も変わってきます。一般職のときは、仮に自分と合わない職員がいたとしても「あの人は私と合わない」「私はあの人が嫌い」といって自己完結することができるかもしれません。それは、求められるのは自分が与えられた仕事を完遂することだからです。
しかし、役職者となると、そうは言っていられません。
なぜなら、自分の好きも嫌いも含め、そういった部下を動かしながら成果を出していくことが求められるポジションであるからです。
しかし、私たちは生身の人間であり、好みもあります。
そこで個人の生き方と組織から期待される役割の中で心理的葛藤が起こります。この葛藤は身が引きちぎれるぐらい苦しいものです。
なぜかというと、これまでの自分を否定して、壊し、新たな自分を再構築するプロセスだからです。
まさに「死」と「再生」、このプロセスは、成人が発達していく上で避けて通れない難題といえます。

しかし、多くの場合、この「葛藤」と向き合うことが耐えられずに、その問題を自分の外側に置き、「○○が悪い」「組織に問題がある」と思考が回り、自分から切り離してしまいます。
もしくは、そういった問題と直面することを避け、無理して誰に対してもよい人を演じる、そして、プライベートで不平不満やストレスを発散するといった、我慢という方法を取りがちです。
このどちらの対処法もいずれは限界を迎えます。
なぜなら、本質的な自己の課題に迫っていないため、仮にその場はしのぐことができても、同じような問題が場所を変え、人を変え、起こり続けるからです。

自分と向き合うことでの人間的成長

人事の世界では、よく「一皮むける」「殻を破る」といった表現をしますが、これは、垂直的成長を遂げることと同義であると思います。
私たちは、どうにも逃げられない環境の中に身を置くと、いよいよ観念して自分と向き合うプロセスに入ります。
よく企業ではキャリアアップのためにジョブローテーションが行われますが、営業から生産、生産から総務、そして海外へと、せっかく慣れた居心地のよい今の環境から無理やり身ぐるみを剥がされ、裸一貫で勝負しなければならないような環境に放り込まれます。
そうすることで、技術的成長だけでなく、人間的成長を促しているのです。

垂直的成長に必要な要素

こういった「一皮むける」「殻を破る」プロセスを経るために、重要なことが2つあります。
1つは、水平的成長が底をつき伸びや悩みが生じたら、大きくジャンプすること、つまり修羅場経験を積めるような環境に身を置くこと、もしくは組織的な仕組みとして用意すること。
そして、2つ目は、他者によるサポートです。
前述の通り、垂直的成長は心理的葛藤や痛みを伴います。
人間は社会的生き物であり、このプロセスを単独で遂げることはできません。
そのプロセスには、「それでもあなたを大切に思っている」という周囲のサポートや、何より組織や上司の温かい愛情が必要不可欠です。
そういった支えがあることで、本人は自己に向き合うプロセスに入っていくことができるのです。

渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。


難しい部下とどう向き合うべきか(VISIONARY-KANGOBU_No.5)

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