患者安全の前提となる職場の心理的安全性
◇青島 未佳(一般社団法人チーム力開発研究所理事/九州大学 大学院人間環境学研究院 学術共同研究員)

●心理的安全性とは何か
 心理的安全性という言葉の意味をご存じだろうか。心理的安全性とは、サイコロジカル・セーフティ(psychologica l safety)の日本語訳であり、チームの中で、対人リスクを恐れずに思っていることを気兼ねなく発言できる、話し合える状態を示す。2016年にGoogleの社内研究結果が公表されてから、この言葉は、民間企業・自治体・医療法人・非営利活動法人などの様々な組織の中に急速に浸透した。
 この対人リスクとは、質問をしたり、自分の間違いを認めたり、もしくは相手の間違いを指摘しても、職場の中で馬鹿にされたり、疎ましく思われないということであるが、我々は人間なので、多かれ少なかれ、特に権威勾配(上司と部下や患者と医者などの権力差)がある中では、このような対人不安を感じてしまうことがある。

●医者と患者の権威勾配
 実例を挙げると、筆者の父は昨年までがんで闘病していた。担当の医師は多分腕はよいのだろうが、その態度は全くもって、死を意識した患者に接する態度とは思えないほどドライだ。担当の医師に痛みの症状を伝えると、そのつらさに対する配慮や共感は全くなく、「がんだから仕方ない。痛みを軽減するための薬を処方できるが、命の保証はできない」といった答えが返ってくる。
 もちろん、1人の医師が多くの患者を抱えていることは承知している。しかし、「心理的安全性」や組織風土を調査・研究している手前、筆者としては、「がん患者への共感のなさや無配慮、つっけんどんな言葉遣いに対して、どれほど父が心を折られているかを知ってもらい、配慮ある行動をとってもらいたい」と率直に伝えたい気持ちが込み上げてくる。
 一方で、医師のほうが立場は強いために、不利益を被るのではないかという気持ちや、それ以上にそのような態度を筆者がとることによって、父に迷惑がかかるだろうと思う気持ちも同時に働いていることも実感した。その結果、私の口は閉ざされたままであった。
 これは患者と医師の例であるが、職場の中でも、このように立場の弱いメンバーが、本来言うべきことを言えていないことはないだろうか。

●患者安全の土台となる心理的安全性
 先述した父は、今年3月5日に闘病の末に他界した。亡くなる2、3日前から調子が悪かったので、いよいよかと思っていたが、その日は奇しくも聖路加看護学会の心理的安全性の講演が入っていた。講演準備も事務局の方が入念にしてくださり、とても楽しみにしてくださっていたため、後ろ髪をひかれながらも講演に向かったが、講演の直前、姉から父が亡くなったと知らせを受けた。
 講演の最後に看護師の方へエールをというお言葉をいただいたので、父がつい先程他界したことを伝えつつ、こんな言葉を贈った。
「父は、ナースコールを何度呼んでもなかなか来てもらえないときは、患者も辛いが看護師もきっと辛いのだろうと言っていた。また、末期で医師も看護師もどうにもできない状況でも、担当の看護師を呼んでほしいとすがるように言う父を見て、看護師の存在の重要性を心から痛感した。
 研究者ではなく、患者の一家族として、父の闘病生活の中で、看護師の皆様には感謝の言葉を述べたいが、改めて患者の安全・安心は、医療従事者の働く場の安全・安心の確保が欠かせない実感をさせられた。コロナ禍では、ともすれば自身及び自身の家族の犠牲を伴う中、使命をもって、自身の職を全うする看護師の姿は素晴らしいものだと感じるその一方で、その職場の人間関係が不安に満ちているとしたら、それほど辛いことはない。患者安全の前には、職場の安全・安心が最も重要である。そして、心理的安全性が高い職場は、誰かが作ってくれるものではない。一人ひとりの行動から生まれるものであるため、それぞれが意識をしてつくり上げてほしい」。

●共感とは他者の靴を履くこと
 聖路加看護学会の講演は、私にとって忘れられない日となったが、講演後のアンケートでは、ねぎらいや共感のお言葉をたくさんいただいた。心理的安全性をつくるには、実は共感力は欠かせないものの1つである。共感とは「他者の視点で物事を見る、他者の靴を履く」ということである。看護管理者の皆様には、ぜひ、忙しい日々の中でも、部下の靴をたまに履いてみてほしい。

青島 未佳

一般社団法人チーム力開発研究所理事
九州大学 大学院人間環境学研究院 学術共同研究員

▼出典元 メディカファン2023年9月 あなたへのエール
~看護管理者として新型コロナウイルスとどう向き合うか~
患者安全の前提となる職場の心理的安全性
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