基本から学ぶBSCの活用方法

第7回 基本から学ぶBSCの活用方法(成果を上げるBSC活用術)
BSCを院内に取り入れていこう

今回からいよいよ、BSCの活用方法について記していきます。
「BSCはどこでも使っているから」「BSCが流行っているから」という理由で始められる方はいらっしゃらないと信じたいところですが、それでもBSCをはじめとした目標管理に関わる経営マネジメント手法を取り入れたいというご相談の中で、「うちでもそろそろ採用しないと周囲と比べて恥ずかしいと思うのですが、どうしたらよいか分からない」という“採用ありき”で話をされることがあります。
心情としては理解できますが、組織をよりよくマネジメントしていくことがお仕事である管理職としての発言としては、残念としか表現できない悲しさがありますね。

BSCの手法を取り入れなければ組織が回らないわけではありませんし、反対にBSCを取り入れたといって無条件に組織のマネジメントが上手くいくわけでもありません。
BSCを採用したことで組織が壊れかけてしまったという話も耳にします。
つまり「なぜこの組織でBSC が必要なのか」というBSCを採用する目的が重要です。
そして、その目的の発端が「組織の課題解決」であればなおよしとなるわけです。

例えば、小さな規模の病院で職員数が少なくコミュニケーションも良好で風通しがよいのであれば、すでに共有されているであろう組織の目指す姿や戦略を形にする必要はないかもしれません。
職員同士が仕事のあり方や大切な価値観について分かり合えていれば、解決すべき課題として目標に上げなくとも、現場レベルの話し合いで常に改善し続けられるはずです。
ところが、組織が大きくなっていくとともに職員数が増えていくと、価値観もその分増えていくことになるため、統一した考え方などを全員が理解できるツールがあった方がスムーズな改善につながりやすくなります。
これが経営マネジメント手法の大きなメリットです。

今、組織で目指したい姿を実現させるために課題となっているものがありますか?
それは職員みんなで共有することができていますか?
解決に向けて対策が取られていますか?
順調ですか?
これらの問いにきちんと答えることができない場合には、BSC等の経営マネジメント手法を用いることで、組織が目指したい姿の実現に向けて効率的に問題を解決できる可能性が極めて高くなります。

基本の「キ」はビジョン

▼ビジョン・ミッション・目標の意味を理解しているか

さて、組織に本当に必要な手法としてBSCを選んだら、次に必要になるものは「その組織におけるビジョン」です。
ここでは「組織の目指したい方向性、目指す姿」を「ビジョン」という言葉にしていますが、医療機関によっては「ミッション」や「目標」としているところもあると思います。

さて、みなさまの組織には目指したい姿や方向性となるビジョンはありますか? 
「ある」と答えらえたみなさまは、その言葉の意味を確かに理解されていますか?
例えば「地域に愛される」という言葉がビジョンのなかで謳われている医療機関があるとします。
耳当たりのよい言葉ではありますが、では、どういう状態がその医療機関にとっての「地域に愛される」という状態ですか? と聞かれると即答できる方は多くないと思います。

▼ビジョンの理解のズレが改善のズレにつながる

私はBSC を始めるに当たり一番重視すべきことは「ビジョンの理解」だと考えています。
職員の目に入りやすい位置に掲げられていても、意外と理解されていないのがビジョンです。
そして、このビジョンに対する理解がズレてしまうと、現場レベルの改善に向けた動きでも微妙なズレが発生していくことが考えられます。

先日、こんなことがありました。
「地域密着型の急性期医療を担う病院」というビジョンの下に地元の救急搬送を一手に引き受けていた二次救急の医療機関でのお話です。
院長先生が「うちは急性期病院の使命があるので、今までこれをおろそかにしていたことを反省し、救急応需率をなるべく上げていこう」と目標を設定したところ、とある役職を持つ医師が「救急搬送を受け入れるように医師に促すのも大変だし、『それなら辞める!』と医師が言い出したら責任を取ってくれるのか!」と声を荒げたのでした。

院長先生は、決して無理にでも救急搬送を受け入れろということを目指そうとしているわけではありませんでした。
この場合の問題点は、病院の目指すべき使命であるビジョンが共有されていないことにあります。

また、ある病院は組織として拡大路線に舵を切り、法人を大きくしていくことにしました。
それは法人としてビジョンには含まれていなかったため、単に利益を追求した姿勢として職員に受け取られ、少なくない職員が離れることになりました。
またある医療機関は、法人代表の信念である「職員を大切にしてこそ患者・家族・地域を大切にできる」との考えから、組織の拡大ではなく一人ひとりを丁寧にケアできる規模に経営方針を切り替えたというケースがありました。
みなさまはどのケースに共感を覚えますか?

私は、ビジョンこそ時間を割いて説明し、考え方や価値観を職員で共有すべきものと考えます。
ビジョンに共感できるかどうか、その共有度合いが、よりよい組織を実現させる可能性を高め、改善の速度を上げます。
たくさんの時間を用いなくとも構いません。

以下に、簡単なビジョンを共有するためのワークを示します。
それぞれの組織でアレンジして活用してみてはいかがでしょうか。

【お勧めワーク】 
 ~その言葉はあなたにとってどんな意味?
 一人ひとりが話しやすい人数でグループを作ります(話し合いを行う文化がない組織の場合は2人1組で可)。
② まずは医療機関で決められているビジョン、またはビジョンに該当する文言をすべて出しましょう。例えば法人として全体で決めているものもあれば、部署で決めたものもあると思います。
 出てきた言葉を眺めながら、そのビジョンが実現されている医療機関で何が起こっているのか、以下の質問について考えてみましょう。
・どんな職員が働いているのか
・どんな患者さんがいるのか
・職員はどんな言葉を使い、どんな態度で、どう仕事に励んでいるのか
・患者・家族は医療機関でどう過ごしているのか
・地域からどんな医療機関として評価されているのか(具体的に上がってくる声)
・経営的にどんな結果が得られているのか(収益や医療の質、満足度調査など)
④ グループの話し合いは5~15分程度とし、複数のグループがある場合には制限時間終了後に全体で発表します。限られた短い時間の中で、どれほど意見が出てくるかを競争し合うのもよい方法です。
⑤ 最後に、お互いの意見交換の中で、何か気が付いた点があったら意見交換してみましょう。

次回「BSC活用の具体的場面」は12月上旬配信予定です。

初出:「ナーシングビジネス2023年秋季増刊」より一部改変


第6回 医療とBSCの相性がよい理由

上村 久子
株式会社メディフローラ代表取締役
看護師・保健師・心理相談員

東京医科歯科大学にて看護師・保健師免許取得後、看護師実務の傍ら慶應義塾大学大学院にて企業人事・組織論を勉強。大学院卒業後、医療系コンサルティング会社にて急性期病院を対象とした経営改善に従事。 現在は病院経営アドバイザーとして、医療機関所有データ(看護必要度データ、DPC データ等)を用いた病院経営に関するアドバイスやデータ分析研修会、診療報酬勉強会、組織活性化研修等の人材育成の研修・教育サービスを提供中。
専門は、院内データを活用した病院経営、看護マネジメント、人材育成。自らの臨床経験とデータ分析能力を活かし、大学病院からケアミックス病院まで病院規模や病院機能を問わず幅広く活動している。


ナーシングビジネス2023年秋季増刊
看護管理者のためのBSC(バランス・スコアカード)活用術
見よう見まね・我流から脱却する!

上村 久子 編著
メディカ出版 2023年11月刊行
B5判 156頁 3,080円(税込)
ISBN: 978-4-8404-8085-7

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