医療とBSCの相性がよい理由

第6回 医療とBSCの相性がよい理由(成果を上げるBSC活用術)
財務的な数値以外にもプロセスを評価

BSCが医療の分野で多く活用されている理由は、前回述べた4つの多角的な視点から経営改善を検討できる点にあります。
また、財務などの数値のみでは医療従事者の納得度合いの高い評価が正しく行われにくいことから、それを補うため、多角的に医療の質を測る「プロセスの視点」が考えられたマネジメント手法である点だと考えます。

医療のプロフェッショナルとして、自分たちが目指したい「患者・家族にとってよりよい医療を提供し続けたい」というモチベーションを維持・向上し続けるための評価は、お金という成果ではなく、どのような医療が提供できていたかという質が焦点となります。

つまり財務的な数値ではなく、患者・家族にとってどのように評価されているかという顧客の視点やどのような医療が提供されているかという内部プロセスの視点、そしてプロとして知識や技術を向上させ続けているかという学習と成長の視点という、仕事全体を通したプロセスの評価が充実しているためBSCとの相性が非常によいのです。

プロセスの評価はモチベーションの源になる

ここで、もう少しBSCとモチベーションの関係を掘り下げて考えていきましょう。
モチベーションを考える上で、フレデリック・ハーズバーグの『仕事と人間―動機づけ・衛生理論』が頭に浮かぶ方が多いと思います。
リーダーシップ研修やモチベーションの研修などで学ばれた方が多いかもしれませんが、今一度ここで振り返ってみましょう。

▼動機づけ・衛生理論

「動機づけ要因(Motivator Factors)」とは、個人に起因しているもので、働きがいや生きがい、自己実現であり仕事そのものなどの満足度を意味しています。
一方、「衛生要因(Hygiene Factors)」は主に環境に起因しており、職場の作業条件や環境、給与、人間関係などの充足・充実を意味しています。
そして私は、動機づけ要因は長期的な幸せにつながり、衛生要因は短期的な喜びにつながると解釈をしています。

ハーズバーグ氏は理論の中で、そのポイントとして以下を強調しています。
・モチベーションは動機づけ要因と衛生要因の2つの因子から成る
・2つの因子それぞれが不満のない状態でないと満足とはいえない


特に大切なのは2番目の視点です。
つまりは、衛生要因に不満はない状態、例えば給与が十分であり職場がキレイで人間関係がよくても、動機づけ要因である仕事における満足度が高い状態とイコールではないということです。

この2つの要因を考えた組織運営を行うことで、職場全体のモチベーションを維持・向上させていくことが重要であるとハーズバーグは説明しています。
衛生要因ももちろん大切ですが、私は医療従事者という使命が明確な専門職は、特に組織として「動機づけ要因」に十分に働きかけられる仕組みがあるかどうかが組織風土をよりよく保つうえで重要だと考えています。

▼BSCは組織のモチベーションの維持・向上につながる

ではBSCとモチベーション理論である動機づけ・衛生理論との関係性を考えてみましょう。
BSCでは、先に述べたとおりプロセス評価の視点があることが医療機関で用いる手法として有用であることを伝えました。

このプロセスの指標がまさに個人個人のプロフェッショナルとしての実力が示されることにつながるため、動機づけ要因に働きかけられることになるのです。
すなわち、BSCを循環させることで組織としてのモチベーションの維持・向上につなげることができるため、組織の求心力向上にも効果があるといえるのです。

BSCは循環させていくことに意味がある

BSCは一度きりで終わるものではなく、続けていくことに意味があります。
その続け方は毎年毎年仕切り直しをしてBSCを作り直すのではなく、前年の目標や改善状況を振り返り、見直し、改善をしていくという改善の循環をさせていくことが組織として成長し続けるために重要です。
その循環のためのフレームワークとしてよく知られているPDCAを意識しましょう。

使う人・組織次第で変化していくBSC

▼管理者のBSCの理解は必須

BSCを運用するにあたり、多くの組織で最初は手探りで行っている状況であることを耳にします。
BSCにせよ何にせよ、職員にとっては「これをやりなさい」と言われた時点で「業務命令」であり「仕事が増える」という第一印象になることが普通のことと思います。

最悪なパターンは、「私もよく分からないけど『なんだか良いらしいから』自分たちで調べてやってみて」と丸投げしてしまうことです。
先日まさに「上司が理解していないことを部下に命令してやらせること」に対するご相談をいただきました。
これでは、本来モチベーションを維持・向上させるためにあるBSCが本末転倒になってしまいます。

BSCは医療機関で働く職員全体を巻き込んだ組織の改善行動計画であり、その指南書となるものです。
職員が納得して進めていくことで効果を発揮するものでなければならないので、大前提としてBSCは職員全体がその仕組みを理解する必要があります。
ですから、経営幹部はもちろん看護部であれば看護部長や師長という管理職が、きちんとその組織で運用される仕組みを理解しなければ話は始まりません。

みなさまの組織では管理職者研修は行っていますか?
近年のCOVID-19の影響により勉強会等の開催が難しくなり、COVID-19を理由として開催しなくなったというところも多く、感染症として5類になった後も、感染者が減らない状況で何となく勉強会の開催を躊躇しているという声も耳にします。
この変化の激しい現代において、BSCの4つの視点にも含まれているとおり、学習は積極的に、そして継続的に行わなければ組織全体の成長を阻害する要因にもなりかねません。

工夫されている組織では、オンデマンド研修を取り入れるなど、集団研修による感染リスクを避けつつも学習環境を整えています。
さらに、オンデマンド研修だと本当に身についているか、理解しているか判断できないため、オンデマンド研修で話を聴くだけではなく理解度チェックを行えるようにシステム化しているところもあります。
学習支援のためのIT活用は、こうしたところでも進んでいるようです。

価値観の共有にはコミュニケーションが重要

私はBSCをはじめとした組織作りについては、概念自体を学ぶのは個人で知識を得ることで十分だと思う一方で、理念などの目指す姿や組織の価値観を共有するという点においては、リアルで話し合うコミュニケーションを通じた学習も重要だと考えています。

何時間もかける必要はありません。
自分たちにとって組織が掲げる理念が具体的にどのような状態を意味しているのかということについて対話を重ねる機会が、以前よりも少なくなっていないでしょうか? 

BSCを単なる仕組みとするのではなく、冒頭でお伝えしたとおりお仕事を楽しむためのツールとするためには、組織として対話により組織作りを理解する学習の必要性がとても重要であることを、この章の最後にみなさまへお伝えしたいと思います。

次回「プロセスの評価がモチベーションの源に」は11月上旬配信予定です。

初出:「ナーシングビジネス2023年秋季増刊」より一部改変


第5回 BSCとはなにか

上村 久子
株式会社メディフローラ代表取締役
看護師・保健師・心理相談員

東京医科歯科大学にて看護師・保健師免許取得後、看護師実務の傍ら慶應義塾大学大学院にて企業人事・組織論を勉強。大学院卒業後、医療系コンサルティング会社にて急性期病院を対象とした経営改善に従事。 現在は病院経営アドバイザーとして、医療機関所有データ(看護必要度データ、DPC データ等)を用いた病院経営に関するアドバイスやデータ分析研修会、診療報酬勉強会、組織活性化研修等の人材育成の研修・教育サービスを提供中。
専門は、院内データを活用した病院経営、看護マネジメント、人材育成。自らの臨床経験とデータ分析能力を活かし、大学病院からケアミックス病院まで病院規模や病院機能を問わず幅広く活動している。


ナーシングビジネス2023年秋季増刊
看護管理者のためのBSC(バランス・スコアカード)活用術
見よう見まね・我流から脱却する!

上村 久子 編著
メディカ出版 2023年11月刊行
B5判 156頁 3,080円(税込)
ISBN: 978-4-8404-8085-7

立ち読み・ご購入はこちら

Scroll to Top