文章で伝えることの難しさを実感
私は長年、看護管理者としてスタッフとのコミュニケーションを大切にしてきました。
コミュニケーションの形も進化していき、スタッフとのやり取りをSNSで行うことも増えてきているのではないでしょうか。
現在、私は、SNSを使ったがん患者さんとの対話サービスを行っていますが、「文章で相手の思いを汲み取り、伝えること」の難しさを改めて感じています。私たち看護師には独特の思考過程があり、言葉や非言語的コミュニケーションから多くの情報を読み取ろうとします。また、常に時間に追われている環境にいるため、端的に物ごとを伝えたり、情報をアセスメントしたりすることを無意識のうちに行っています。
しかしSNSの文章のみでは、足りない要素を想像で補っても、時には相手との認識のずれが起き、コミュニケーションエラーが発生しやすくなります。なぜなら、非言語的コミュニケーションの部分を、想像ではなく言葉で補う必要が出てくるからです。みなさんも、「そんなつもりで言ったわけじゃないのに……」という場面に遭遇したことはありませんか?
部下からの「話したいことが……」にどっきり
対患者さんに限ったことではなく、コミュニケーション全般に言えることですが、テキストコミュニケーションを学ぶことは、対面でのコミュニケーションにも良い影響を与えることが分かってきました。
たとえば、スタッフから「今日、時間ありますか? 話したいことがあるのですが……」と声をかけられたとき、どんなことが頭をよぎりますか? そのスタッフの普段の状況、生活背景など、いろいろなことが頭に浮かび、「退職希望かしら……」というネガティブな想像が浮かぶかもしれません。私自身、管理職をしていたころ、「今日、時間ありますか?」は恐怖の言葉だった時期がありました。
あるとき、朝の申し送りの後、一人の中堅スタッフが「師長、今日少し話したいことがあるのですが、お時間ありますか?」と声をかけてきました。日ごろから、組織の体制や、後輩育成の悩みを口にしていたので、「やめたいって話かな? どうやって引き留めようか……いやいや、話を聴くなら早い方がいいな」などが頭をよぎり、「今聴くよ」と返事をしました。
カンファレンスルームに呼び、最初に私の口から出た言葉は「どうした? 何か困ったことがあった?」でした。スタッフはきょとんとした顔をして「え? 何の話ですか?」と。
「やめたいとか、辛いとか、そういうことじゃないの?」と聞き返すと、「違いますよー。実は来月結婚することになって、その報告をしようと思って」と、にこにこしながら答えました。
今となっては笑い話ですが、このときの私は、「話がしたい」というその一言を、自分の感情で勝手に想像し、その後の対策まで考えていました。何の先入観も持たず、相手のありのままの言葉に耳を傾けようという姿勢ではなく、どうやってこの場を切り抜けるかを考えていた自分が恥ずかしくなった出来事です。
相手に興味を持ち、話をよく聴こう
これが文章でのやり取りだったらどうでしょうか? 話したいとメッセージが届いた後、すぐに返事ができず、もしくは「何があったの?」の問いかけにしばらく返事が来なかったりしたら、その間、お互いいろいろな想像が頭をよぎります。
勝手に心配している師長に対して、スタッフは申し訳ないという気持ちを抱くかもしれません。思わず「やめる話でなくてよかった」という気持ちが先に出てしまったら、スタッフは「結婚おめでとうという言葉を聞きたかったのに、やめなくてよかったってどういうこと?」と思うかもしれません。
話を聴くということは、ありのままを先入観なしに聴くことです。文章では特に、非言語的コミュニケーションがないので、「すべてを受け入れる」姿勢を丁寧に言葉で伝えることです。そして、相手を操作しようとしないことが何より大切です。操作しようと思ったとたん、相手は心を閉ざしてしまうかもしれません。仮に、「やめたい」と思っていたスタッフがいたとしても、「やめさせないための対話」ではなく、「やめたい」と思っているスタッフに興味を持つことが大切なのです。スタッフの気持ちを丁寧に聞きだし(吐き出させ)、スタッフ自身の言葉で現状を話せるような声かけを丁寧にしていくことで気持ちが整理され、短絡的になっていた思考が、結果的に冷静に考え直すきっかけになることもあります。
こうした意識の違いで、対話の後のスタッフは「師長にやめるのをとめられた」ではなく「師長が私の話をちゃんと聞いてくれた」という気持ちになるのではないでしょうか?
「どうなってほしいか」は少し横に置いて、「どうしたいか」をまず、じっくり聴いてみること。そして「聴く」ということは、相手に興味を持つこと。それがはじめの一歩です。そこから始めてみてはいかがでしょうか?
十枝内綾乃(としない・あやの)
株式会社Tomopiia CNO
看護師免許取得後、大学病院で精神科、老年病科を経験、企業の健康管理室勤務等を経て 約400床の総合病院に入職。看護師長として透析センターの立ち上げ、腎内分泌内科病棟師長を経験し、同病院で副院長兼看護部長を務める。看護師の採用業務など院内の幅広い業務に従事。2019年より株式会社Tomopiia のCNO (Chief Nursing officer)として活動中。
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