医療経営学は超マイナーな学問領域ではありますが、たまには役に立つものです。自己紹介を兼ねてエピソードを一つ紹介します。
2002 年、兵庫県に県立病院の構造改革委員会が設置されました。初回の会合では、冒頭から県立病院不要論が展開されました。病院団体、医師会、医学部教授たちが次々と不要論を述べたのです。当時は行政の「構造改革」や「民営化」がもてはやされた時代です。「総病床数4,000 床に年間110 億円の税金が投入されている。1 病床あたり275 万円。こんなに税金を使う病院は不要である」というものでした。委員会はとても重苦しい雰囲気に包まれていました。
私は質問を投げかけました。「毎年275 万円のベッドを買っているのですか?」と。答えは「買っていません」。次に「兵庫県の人口は何人ですか?」と尋ねると、「550 万人です」という答えでした。さらに「県民人口あたりの税の投入額はいくらですか?」と問えば「2,000 円です」との返答がありました。
これは県民一人あたり年間2,000 円で、こども病院やがんセンター、循環器病センターといった高度・特殊な医療機能が維持されるということです。もちろん、そのような県立病院のお世話にならないことが県民にとっては幸せだということを付け加えて意見を申し述べました。つまり税を投入することの意義に触れたのです。すると県の婦人会長が間髪をいれずに「安いんちゃうの? 3,000 円でもいいと思うよ」と発言したのです。そして「県立病院は私らの病院」という発言が飛び出し、それまでの重苦しい雰囲気は一変し、“一病床あたり275 万円”の議論は一蹴されてしまったのです。
このエピソードのポイントは2 つあり、1 つ目は「割り算の分母次第で指標はまるで異なったものとなる」ということで、2 つ目は「公立病院は民主主義によって成り立っている」ということです。医療は公と民の協働によってなされています。病院という事業体は公も民もよく似ているため、同じように扱ってしまいがちですが、本質的に公と民では違います。公立病院は民主主義を基盤とするのに対して、民間病院は自由主義を基盤とする事業体なのです。婦人会長による「県立病院は私らの病院」発言は、まさに至言であったのです。
谷田一久(たにだ・かずひさ)
医療経営学者。地域の医療提供体制と公立病院の経営が主たる関心領域。多くの公立病院で経営委員
を務めた経験を、学問的背景とともに次世代に伝えることが使命。正直・慈悲・智恵が信条。鳥取県
米子市出身。
▼出典元 Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)2023月4号 https://store.medica.co.jp/item/130212304
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