大学病院の急性期の現場から、看護教育・研究に従事して四半世紀。医療に従事する人々と組織が健全かつ柔軟に活動するための方策を「つくり」、現場を「動かす」ということを、マネジメントと政策の両面から探究してきました。
「つくる」ためにはエビデンスが必要です。医療分野では多様な職種や異なる立場間でのコンセンサスを得る必要があります。これには客観的な事実に基づいた議論と過程の透明性が不可欠です。かつてはKKD(勘と経験と度胸)のマネジメントが常でしたが、今はデータマネジメントを基盤としたEvidence Based Management へと変わりつつあります。とくに政策決定では限られた予算や資源で成果を生み出す政策を選択する必要性が高まり、Evidence Based Policy Making が必須となりました。
一方、「動かす」はデータやエビデンスだけではうまくいきません。なぜなら共感や意欲といった測定困難な要素が成果を左右するからです。テクノロジーが飛躍的に発展している今日、現場のデータが自動的に集積・分析され数秒で意思決定の根拠資料として届くのも早晩当たり前になるでしょう。しかし、数値の背後にある意味や価値を考えるのは人です。患者や働く人々のウェルビーイングという視点を持ってデータを読み取り、より良い方策を考案することはAI 時代に必要な能力です。
このような「動かす」力を高めるために、現在2 つの活動をしています。
1 つは看護管理者のケースメソッド教育の開発と普及です。これは、ケースを教材として用い、異なる立場に身を置いて討論し「考え抜く」体験を繰り返します。ポジションや役割による考えの違いに気づくことで共感が高まり、自分の立場の主張だけでなく全体最適を考慮した解決策をつくる力や、新たな発想力などが育成されます。
もう1 つは、行動経済学の理論で脳の努力(負荷)を最小限にするアプローチである「ナッジ」の職場活用です。職場の中のゆとり資源を増やし、健全かつ高い成果を生む医療現場の実現に挑戦しています。
小池智子(こいけ・ともこ)
慶應義塾大学 看護医療学部/大学院健康マネジメント研究科 准教授。看護学博士。専門は看護管理・看護政策。慶應義塾大学病院で13 年間、臨床や現任教育に従事。東京医科歯科大学大学院博士課程修了後、慶應義塾大学看護医療学部専任講師を経て、2007 年より現職。現在は主に行動経済学やデザイン思考を活用した医療安全や職場改革等に取り組んでいる。
▼出典元 Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)2023月10号
https://store.medica.co.jp/item/130212310
▼Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)トップページ https://store.medica.co.jp/journal/21.html