実施していますか? ペイハラ対策

看護管理者は日々多くの業務に目配り・気配りが必要です。国の施策や看護界を取り巻く状況、日々の働き方や組織づくりに関連した情報など、看護管理者が知っておきたい最新ニュースをご紹介します。

ペイシェントハラスメント(ペイハラ)とは

医療界では「モンスターペイシェント」という言葉がたびたび用いられています。
これは、医療従事者に対して暴言を吐いたり暴力をふるう患者を指し、現代社会の広範な問題である「モンスターペアレンツ」や「クレーマー」と同様に、医療現場における顕著な課題となっています。

この問題に対処するため、厚生労働省は2019年6月の「労働施策総合推進法」改正を通じて、パワーハラスメントを「職場で行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超え、身体的・精神的苦痛を与えまたは就労環境を害するもの」と定義し、規制を強化しました。

2020年1月には「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)を策定しました。
この指針には顧客からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求などの「カスタマーハラスメント」に対する対策が含まれており、その対象には患者も含まれていますが、医療界への具体的な浸透は遅れています。

また、医療界を支援する動きとしては、医療と警察の連携も進められています。
警察庁は2022年6月20日付の通達で各都道府県警に対し、医療従事者の安全確保と通報があった場合の指導・助言・検挙などの必要な措置を確実に講じるよう指示しています。

しかし、連携体制の拡充は十分ではなく、未だに医療従事者の安全が脅かされている現状があり、これに対してさらなる改善が求められています。
2024年2月20日にはこの問題に対する追加の通知も発せられています(図11)

各都道府県医師会及び医療機関との連携の推進等について(通達)
 医療機関においては、令和3年12月に大阪府の医療機関における殺人等事件、令和4年1月に埼玉県における医療従事者に対する殺人等事件が発生しているところ、これらの事件を踏まえ、令和4年6月、公益社団法人日本医師会会長から、別添のとおり医師会及び医療機関への安全確保に資する支援について依頼がなされたところである。

 各都道府県警察にあっては、同依頼の趣旨を踏まえ、「各都道府県医師会及び医療機関との連携の推進等について(通達)」(令和4年6月20日付け警察庁丁生企発第346号ほか。以下「旧通達」という。)に基づく諸対策を推進してきたところであるが、引き続き、各都道府県医師会との間で、医療従事者等の安全確保のための意見交換を行う機会を設けるなど、各都道府県医師会等と所要の連携を図るとともに、各都道府県医師会等から相談、110番通報等がなされた場合には、その内容に応じて、生活安全部門、刑事部門をはじめとする関係部門が連携し、指導、助言、検挙等の必要な措置を確実に講じられたい。

 なお、旧通達は廃止する。
図1 警察庁の通達(文献1より引用)

ペイハラに対する動き~病院~

前述のような背景から、医療界で「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」という新たな用語が生まれています。
日本男性看護師会は、ペイハラに関する問題を厚生労働部会看護問題小委員会で毎年訴えてきました。しかし、なかなか進展はありませんでした。
2024年5月13日に新潟県病院局がペイシェントハラスメント対策指針を策定し、公表しました2)
以下に一部抜粋します。

1 ペイシェントハラスメント対策の目的
病院職員の業務負担や精神的負担を軽減し、安心して働ける職場の実現を図るとともに、診療すべき患者への対応に注力し、限られた医療資源の中で一人でも多くの患者へ医療サービスを提供することにより患者満足度の向上を図る。

2 本指針の概要
ペイシェントハラスメント対策についての基本的方針、対応例等を示したものであり、各病院において、本指針を基本としながら、独自に対策マニュアルの策定や院内の体制を図る。

・基本的方針:
ペイシェントハラスメントの定義を始め、対策を記載。「組織的に対応する」「毅然と対応する」「警察への相談・通報をためらわない」を対策の3本柱として位置づけ。

・対応例:
ペイシェントハラスメントを9種類の分類に沿って、それぞれの対応例を記載。

新潟県は2024年度に過去最大の約43億円の赤字が予想されているそうですが、その中で県立病院改革推進チームを病院局の中に設置し、経営改善を進めています。
同じ病院局での活動からペイシェントハラスメント対策は、経営改革の一環としても重要視されていることが考えられます。
この対策指針では、ペイシェントハラスメントに抵触する可能性のある法律、たとえば脅迫罪など13種類を紹介し、ペイシェントハラスメントを以下の9つのタイプに分類しています。

・暴言型
・暴力型
・セクハラ型・時間拘束型
・リピート型
・威嚇・脅迫型
・権威型
・院外拘束型
・SNS/インターネット上での誹謗中傷型

それぞれのタイプに対する具体的な対応事例も紹介されており、たとえば暴言型に対しては、対応の記録としての録音、複数名での説得、警告書の交付、110番や弁護士との連携、退去告知書や立入禁止告知書の交付、診療の拒絶などが挙げられています。

また、対策として病院内に掲示するポスターやハラスメント行為をする患者に渡す警告文、患者と交わす誓約書なども公開されています。
これらの取り組みは、医療現場での安全を守るうえで非常に重要であり、他の地域や病院でも参考になる内容です。

ペイハラに対する動き~在宅~

複数の医療従事者がいる医療機関とは違い、在宅環境では医療従事者が一人で対応する場合が多いため、ペイハラのリスクは高まります。
このような状況を背景に、2023年の厚生労働部会看護問題小委員会の後、日本男性看護師会と厚生労働省の看護課、看護系国会議員との間で、在宅医療分野に関して具体的な対策を議論する機会が持たれました。

この会議では、新たな予算の確保ではなく、既存の予算を活用する方法について話し合われました。
とくに地域医療介護総合確保基金の利用が提案され、ペイハラ対策の推進に向けた議論が行われました。
この基金は各都道府県で運用されており、ペイハラ対策での使用実績がない地域もあったため、具体的な事例として在宅事例を取り扱ってもらえるよう厚生労働省に依頼しました。

2024年3月8日には、病院だけでなく在宅医療分野でもペイハラ対策の補助に使用できる事例が公表されました3)
これにより、在宅医療提供者もペイハラ対策のための具体的な支援を受けられるようになり、医療従事者の安全確保に向けた取り組みが一層強化されることとなりました。

看護管理者に求められること

2023年の看護師等確保基本指針の改定では、ペイハラ対策について言及されましたが、具体的な対策方法については詳細が明示されていませんでした。
しかし、この度、新潟県病院局が策定した対策指針と厚生労働省からの通知により、具体的な対策内容が明らかになりました。
これにより、事務部や経営層が主導する部分も多い中、看護管理職としても新たな役割と行動が求められるようになりました。

具体策の一例として、ペイハラと思われる問題が発生した際、看護職が携帯電話を使用することが困難である状況を考慮し、ホテル業界で導入が増えているような防犯グッズが検討されています。

これは異常な振動を検知して自動でSOS信号を送信したり、事態を録音したりする機能を持っている防犯グッズです。
このような装置をスタッフに配布することで、密室での対応時にも安全が確保されます。
さらに、一部の自治体ではこれらの装備に対する補助金を独自に準備しているところもあります。
また、これらの装備の導入にあたっては、使用方法や運用に関する研修の実施も必要とされています(図2)。

図2  訪問看護における暴力・ハラスメント対策に関するポスター(文献4より引用)

このような取り組みは、看護師や他の医療従事者の保護、つまり医療従事者が安全な環境で働けるようすることを目的としています。
看護管理職としては、看護師から患者に関する相談や報告を受けた際に毅然とした対応を示すことが不可欠です。
とくにセクハラや暴言といった問題が発生した場合、看護師に我慢を強いるような対応はもはや受け入れられません。

* * *

医療現場の価値観が変わりつつあります。
以前は一人の患者のために多くの看護師が苦労する状況がありましたが、現在は看護師一人ひとりの安全と尊厳を保ちつつ、質の高い地域医療を提供する方向にシフトしています。

引用・参考文献

1) 警察庁.各都道府県医師会及び医療機関との連携の推進等について(通達).https://www.npa.go.jp/laws/notification/seian.html# seiki(2024年7月10日閲覧)
2) 新潟県.「新潟県病院局ペイシェントハラスメント対策指針」を策定しました.https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/byoingyomu/20240510peihara.html(2024年7月10日閲覧)
3) 厚生労働省.地域医療介護総合確保基金(医療分)に係る標準事業例の取扱いについて(令和6年3月8日).https://www.mhlw.go.jp/ content/10805000/001222884.pdf(2024年7月10日閲覧)
4) 厚生労働省.医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38493.html(2024年7月10日閲覧)

坪田康佑(つぼた・こうすけ)

慶應義塾大学看護医療学部卒。Canisius College(米国ニューヨーク州)卒/MBA 取得。無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業し、2019年全事業売却。国家資格として看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など、民間資格ではメディカルコーチ・M&A アドバイザーなどを持つ。
現在は国際医療福祉大学博士課程在籍、看護師図鑑(https://cango.blog/)を運営。

▼出典元:Nursing BUSINESS 2024年9月号
Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)トップページ
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