“守る力”と“攻める力”を看護にどう活かすか

経営視点を育む!
両利きの看護組織をめざすMBA講座:第1回

変化の激しい医療現場では、これまでの「守る力」=知の深化に加え、「攻める力」=知の探索が求められています。
本講座では、MBAの視点から“両利きの組織づくり’’を学び、看護管理の現場で活かせる経営の知恵と実践力を育みます。

変化に強い組織をつくる“両利き”の考え方

近年、企業経営の分野では「両利きの経営(ambidexterity)」という概念が注目されています。1)
安定的な成果を上げる「知の深化(exploitation)=守る力」と、新たな価値を創出する「知の探索(exploration)=攻める力」を同時に推進する考えかたです()。2)3)
前者はすでにある資源を最大限に活用して効率を追求することで、後者は未知の可能性に挑み、変化を生み出すことを指します。

これまで、医療・看護の現場では「標準化」「安全」「法令遵守」など、主に深化型の取り組みが重視されてきました。
しかし、医療需要の多様化や人材不足、デジタル化、新しいケアモデルの登場といった環境変化に対応するためには、看護組織も「探索」と「深化」の両輪をあわせ持つことが不可欠になっているのです。

 両利きの経営(ambidexterity)

知の深化—看護の質を支える「守りの力」

看護における「知の深化」は、看護の質の向上や標準化、患者安全といった伝統的な価値を磨き上げる活動です。
クリニカルラダーを用いて看護実践を可視化したり、リスクマネジメント研修やインシデント再発防止策の体系化、ケアプロセスのマニュアル化などがこれにあたります。
深化の目的は、「再現性のある質の高い看護」を確立し、組織として学び続けるための基盤を構築することです。
深化の基盤があるからこそ、探索による新たな取り組みにも挑戦することができるといえます。

知の探索—変化に挑む「攻めの力」

一方で、看護における「知の探索」とは何を意味するのでしょうか。
一つ目として、「新しい看護実践を創り出すこと」といえます。
患者中心のケアを再設計し、従来の業務や習慣にとらわれず、新たな方法を探す姿勢が求められます。
たとえば、看護記録を分析してケアプロセスの改善点を探るなどのデータに基づいた意思決定や行動であったり、多職種協働のための新たなチームモデルの導入などが挙げられます。

二つ目として、「ICTやAlの活用」が挙げられます。
電子カルテやナースコールのテータを統合的に活用して、業務の自動化や状態変化を予測して必要なケアを行うなど、テクノロジーによって看護の付加価値を高める取り組みは、「探索」の代表的な例となります。

三つ目として、「教育の革新」が挙げられます。
シミュレーション教育やマイクロラーニングなどの新しい教育手法を取り入れ、次世代の看護職が自律的に成長する環境を整えることも探索の一部といえるでしょう。
また、リカレント教育としてのMBA取得や人材のダイバーシティ推進なども、「知の探索」を実践するうえで大切な取り組みのひとつです。

「両利きの経営」が看護部に求められる背景には、医療環境の急速な変化があります。
慢性的な労働力不足や在院日数の短縮、地域包括ケアの推進、Alによる業務変革といった要因は、これまでのやり方だけでは、うまく対応できないような新しい課題を生み出しています。
「探索」を欠けば組織は時代に取り残され、「深化」を欠けば安全と品質が損なわれてしまいます。
そのため、看護管理者には、普段の業務をしっかり支えつつ、現場がチャレンジできる環境を提供するためのマネジメントが求められています。

しかし現実には、多くの看護管理者が「片利き」の罠に陥りやすいのです。
たとえば、業務効率や安全性を優先するあまり、新しい試みや提案を抑え込んでしまうケースでは「深化偏重」に陥ります。
一方で、新規プロジェクトや改革の推進に意識が向くあまり、現場がうまく回らなくなってしまう場合は「探索偏重」の状態になります。
真の「両利き」とは、深化によって安定した「守りの組織基盤」を築きつつ、その上で探索による「攻めの成長」を遂げるダイナミックなマネジメントなのです。

「守り」と「攻め」をつなぐ看護マネジメント

看護部が「両利き化」を実現すると、チーム全体にさまざまなプラスの効果があらわれます。
患者に対しては、安心できる標準的な看護と、その人らしさに寄り添うケアの両方を実現できます。
職員にとっては、自ら提案・実践する機会が増え、キャリア意識の向上や離職防止につながります。
さらに、病院経営にとっても、業務効率の改善や患者満足度の向上といった形で成果をもたらします。
つまり、「両利きの経営」は単なる概念ではなく、「持続可能な看護組織」を構築するための実践的な考え方といえるでしょう。

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【次回予定】第2回「看護管理者のための戦略思考」です。お楽しみに!

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引用・参考文献

1)入山章栄.世界標準の経営理論.東京,ダイヤモンド社,2019, 832p.
2)March JG. Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science. 2 (I), 1991, 71-87.
3)O’Reilly CA. et al. The Ambidextrous Organization. Harvard Business Review. 82 (4), 2004, 74-81.

角田圭雄(すみだ・よしお)
国際医療福祉大学大学院医療福祉経営学 教授
1995年京都府立医科大学卒業・第3内科入局、2002年京都府立医科大学大学院医学研究科博士(医学)取得。2008年市立奈良病院消化器科部長、 2012年京都府立医科大学大学院生体食品機能学講座講師、2013年京都府庁知事直轄統括産業医などを経て、2015年に英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA in Healthcare Managementを取得。2023年より現職。

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