(VISIONARY-KANGOBU_No.7)
経営層の共通の悩み
さまざまな現場に足を運ばせていただく中で、多くの経営層の頭を悩ませることの一つとして、“スタッフの当事者意識が低い”というテーマがあります。
その裏側には、“部下が指示したことしかやらない”“面倒なことがあると見て見ぬふりをする”“困難にぶつかるとすぐに諦める”といった現実があり、そこに苛立ちを感じながらも、どうしたら自分と同じ意識レベルでオーナーシップをもって仕事に取り組んでくれるか、というテーマに日々頭を悩ませている様子が伺えます。
当事者意識の測りかた
スタッフの当事者意識の高さを測るバロメーターとしてわかりやすい指標は、問題が発生したときの初動の速さです。
例えば、家に帰ると自分の家から火が出ていたとします。当然急いで119番に通報するだけでなく、何とか少しでも火を消そうと自分にできることに手を尽くすはずです。
しかし、火が出ているのが50メートル先の家だったらどうでしょう。
通報はするかもしれませんが、対応のスピードは前者の方が圧倒的に速いのではないでしょうか。
職場でも、何か問題が発生し、それに気づいたときにすぐに対応に向けて動き出す人は当事者意識が高い状態と言えます。
逆に、気づいても何も行動を起こさなかったり、指示しなければ動かなかったりという人は当事者意識が低い状態と言えます。
偉大なリーダーの功罪
では、組織におけるその構成員の当事者意識の違いは何が要因となって生まれるのでしょうか。
さまざまありますが、大きな要因の一つは、その組織に君臨する偉大なリーダーの存在の有無です。
ガリレオの伝記的な劇作『ガリレイの生涯』の中で、ガリレオが地動説を撤回するシーンにおいて、彼の支持者アンドレアは、「英雄のいない国は不幸だ!」といい、ガリレオは「違うぞ、英雄を必要とする国が不幸なんだ」と応えました。
どういう意味でしょうか。
上司のジレンマ
以下の図は、「上司のジレンマ」という代表的なシステム図の一つです。
問題が発生すると多くの場合、上司がその対応の指示を出すか、もしくは上司がその対応を代行します。
それによって問題を消すというパターンです。
これを「俺がやった方が早い」ループと呼びます。
これをひたすら回し続けるとどうなるか、副作用が生まれます。それは部下の依存心です。
上司の問題解決能力が高ければ高いほど、部下は職場の問題を他人事化する、もしくは解決するのは上司の役割である、と認知します。
そして、徐々に部下の職場へのエンパワーメント(自らの判断で積極的に行動する意識)が下がっていきます。
そうすると、新たに問題が起こる、そして上司はまた問題の火消しに走るというループに回ります。
そして上司はボヤキます、「部下が全然育たない」と。
このパターンを止めるには、問題が発生したときに、上司がすぐに指示を出す、答えを出すという「俺がやった方が早い」ループを回すのではなく、その問題自体を部下に取り組んでもらい、部下のエンパワーメントを高めていく「部下が成長する」ループを回す必要があります。
そうすることで、部下の当事者意識と問題解決能力が高まり、次第に発生する問題が少なくなっていく、という状態をつくることができます。
しかし、期待する成果が得られるまでには時間的な遅れがあるため、特に即断即決でスピードを求めるリーダーほど待てず、上のループを回してしまう、というのが陥りやすいパターンと言えます。
リーダーとスタッフの共犯構造
いつの時代も、多くの人々の心の奥深くには、自由に伴う責任の重さから逃れたいという無意識があり、その責任を肩代わりしてくれるような強力なリーダーを求めます。
一方、強力なリーダーは、自分を必要とし支持してくれる信者を求めます。
この責任を引き受ける者、責任を委ねる者という構造がある限り、スタッフの当事者意識が高い組織をつくっていくことは困難と言えます。
この状況が、前述した「英雄を必要とする国が不幸なんだ」という言葉の意味を表しているのではないでしょうか。
自立した組織のために
スタッフ一人ひとりの当事者意識を高め、仮に自分がいなくても回っていく自立した組織をつくっていくためには、必要なことが三つあります。
一つは、自分に遠慮なく物申す部下を置くこと。
リーダーは自分に賛同してくれる部下を求めがちです。しかし、そういった従順な部下ばかり傍に置くリーダーのもとで、自立した職員は生まれにくいと言えます。これは、リーダーが自分と相反する考えの部下を受け入れるだけの度量を持つことと同義です。
次に、積極的に権限委譲すること。
責任は選択によって生まれます。自ら行使できる権限を持たない中で責任意識は生まれません。責任と権限をセットで渡し、スタッフ一人ひとりの職場や仕事へのエンパワーメントを高めていくことが重要です。
そして最後に、人を信じること。
簡単そうで実際には一番難しいのがこの三つ目なのかもしれません。
逆説的ではありますが、リーダーは、権限委譲することで、本当の意味で“人を信頼する”ことがどういうことなのかを学んでいくのではないでしょうか。
渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。
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