(VISIONARY-KANGOBU_No.8)
アプリシエイティブ・インクワイアリーとは
ここ数年、AIという組織開発の手法が医療業界においても導入されるようになってきています。
AIとは、アプリシエイティブ・インクワイアリーの略語であり、アプリシエイティブ=価値を認める、インクワイアリー=探求、という意味を持ち、その頭文字をとってAIと呼ばれています。
つまり、AIとは問いや探求(インクワイアリー)により、個人の価値や強みから組織全体の真価を発見し認め(アプリシエイティブ)、それらの価値の可能性を最大限に生かした取り組みを生み出すプロセス、と言えます。
その起源をたどると、アメリカの当時大学院生であったデービッド・クーパーライダー氏が、世界的なクリーブランド・クリニックの調査プロジェクトから得た知見を論文で発表したことが起源と言われています。
それは、病院が最も機能する要因を分析する際に、何をやっていて、何をやっていないかを調べるのではなく、組織が最高だったときのストーリーをインタビューして、それを全体の場でシェアしてもらうという方法を取ったようです。
すると、次にインタビューを受けた人がその場にいなかった人にインタビューをし始める動きが起こり、組織の強みや価値をどう発揮するかといった議論や話し合いに発展し、組織の肯定的な側面にお互いに探求し合う姿勢が、組織のパフォーマンスを上げることにつながったという経験から、そのプロセスを理論として体系化し、組織マネジメントに用いられるようになりました。
日本に持ち込まれたのは2006年ぐらいで、当時は大手企業の組織風土改革やマネジメント変革、また自治体が市民を巻き込みながら課題を解決していくための手法として広がってきました。
最大の特徴はポジティブアプローチ
AIの最大の特徴は、ポジティブアプローチにあります。
一般的に私たちがこれまで当たり前のように慣れ親しんだ問題解決思考は、ギャップアプローチと呼ばれるものです。
これは、課題を特定し、原因を分析して、そこに最適な解決策を見出し、実行するという課題解決のアプローチです。
一方でポジティブアプローチというのは、課題に目を向けるのではく、自分たちの強みや価値を探求します。
そして、そこからどんな未来を創りたいかを描きます。なれるかどうかでなく、こうなりたい、こうありたい、という自分たちの思いや願いをベースにします。
そして、そこから、現実的に何をすべきかに落とし込んでいきます。
ギャップアプローチは、あるべき姿が外側から与えられるのに対して、ポジティブアプローチは、ありたい姿を内側から生み出します。
つまり、起点が外側にあるのか、内側にあるのかが最大の違いと言えます。
図 ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチ
例えば、SWOT分析は、組織の強みや課題、機会、脅威といった視点から、分析的に思考を使って答えを導き出していきますが、AIは全く違い、まず1対1のインタビューから始まります。
それも、その人の人生のストーリー、最高の体験、大切にしている価値観、どんな未来を望むのか、といった個人に内在するストーリーをお互いに聴き合います。
そして、そこからグループ、全体へと展開させ、組織全体のありたい姿を描いていきます。
脳科学(ニューロサイエンス)のムーブメント
こうしたポジティブアプローチが注目されてきた背景には、人間の行動の前提となる考え方そのものについてパラダイムシフトが起こっていることが大きく影響しています。
それが脳科学のムーブメントです。
近年の、人材開発のトレンドの一つとして脳科学(ニューロサイエンス)があります。
これは、MRIの技術が確立したことで、1990年ぐらいから脳の解明が飛躍的に進み、人は合理的に動く生き物ではなく、極めて情動的な生き物であること、ポジティブな感情を抱くと、記憶を司る海馬へと信号が送られ、長期記憶が強化され、行動につながりやすいといった脳の作用が起こることが解明されるようになりました。
反対に、これまでの数値で評価をしたり、課題を指摘して克服させたりするようなアプローチは、不安や恐れを助長させ、短期的には効いても、長期的にはやらされ感が強く、パフォーマンスも上がらないといったことがニューロサイエンスの知見から明らかになっています。
そういったニューロサイエンスの研究結果をもとに、多くの企業がマネジメントの仕組みや人材育成のあり方を再構築し、AIによる組織変革のみならず、段階づけの評価を廃止(ノーレイティング)したり、上司と部下での1on1にポジティブアプローチを導入するといった動きが高まり、近年、その流れが医療業界においても広がってきています。
渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。