BSCとはなにか

第5回 BSCとはなにか(成果を上げるBSC活用術)
消費者が取捨選択をする時代の経営戦略

いよいよ本題であるBSC(Balanced Scorecard:バランス・スコアカード)について解説します。
BSCは、設定された目標を達成するための新たな業績評価システムです。
ハーバード大学のロバート・S・キャプラン教授と経営コンサルタントのデビッド・P・ノートン博士が研究成果をまとめ、1992年に米国の経営学誌『ハーバード・ビジネス・レビュー』で発表したのが始まりとされています。

それまでの経営マネジメント手法は生産者側が経営の主導権を握っていたため、財務的な指標に基づいて予算の計画を立て、それに従った経営管理を行うことができていました。
しかし、近年は生産者ではなく消費者側が消費するものを取捨選択する時代といえるため、「作れば作るだけ売れる」という法則が成立しなくなってきました。

医療の分野においても無条件に「病院の人に任せれば安心」ということではなく、患者・家族が疾患や治療に対する知識を得たり、病院の評価を情報として調べたりすることが当たり前の時代になっています。
そこで、生産者の視点だけではなく、消費者の視点も取り入れるなど、事業継続のために考慮しなければならない要素をバランスよく経営戦略に取り込むことができるよう考え出されたのがBSCです。

組織としての価値観がBSCの源

BSCは、組織が社会の中で永続的に目指していきたいあり方である「ビジョン」や、それを実現し続けるための「戦略」があることが大前提です。
近年、医療機関のホームページでも「理念」「ミッション・ビジョン・バリュー」「目指すもの」「みなさまとのお約束」などと言った言葉で、自分たちの価値観を表す組織が主流となっています。
それだけではなく、部門別の理念やミッションを公開している組織も増えてきました。
それらは誰にでも見える壁面に掲げられていたり、職員の名札に理念が描かれていたりします。
また、多くの組織では、入職時や年始の挨拶などで組織の代表が職員に対して説明されていると思います。

BSCの目標には価値観が含まれる

ただ、残念ながら職員が理念を意識しているかというと「理念ですか? 目には入るが意識するとなると難しい」「ビジョンはあるはずですが…何でしたっけ?」などと、マネジメント側がいくら目につく場所に掲示したり口頭で伝える場を作ったりしても、浸透させるのは現実的に難しいものです。
そこでBSCが活用されます。

BSCは前提としてビジョン・戦略から落とし込んで目標が設定されます。
つまり医療機関が目指す価値観が「〇〇である」と明確に言葉で覚えていなくとも、BSCがその組織で共有されていることが、その組織の価値観に則って改善行動を起こしていることに自ずとつながります。
つまりBSCがあることは、組織の価値観に基づいた行動を、職員に自然に促す仕組みであるといえるのです。

BSCの4つの視点

BSCではビジョンと戦略の下に、4つの視点から目指す指標を考え、バランスの取れた成果が達成できるよう設計されています。

●財務の視点
BSCにおける財務の視点とは、「医療機関が永続的に経営(収支)を維持・向上させていくためにどのような行動をするべきか」ということを考えることです。

そのための具体的な指標として、売上(外来・入院の単価など)、利益、病床稼働率・回転率・利用率、患者数(延べ患者数、退院患者数、新規入院患者数など)、救急応需などが挙げられます。
すぐに改善が見込めるものと、改善が数値に現れるまでに時間がかかるものがあることに考慮する必要があります。

●顧客の視点
医療機関における顧客とは患者・家族、そして地域の医療機関などのステークホルダー(利害関係者)にあたります。
組織によっては患者のみに定義している場合もあるようです。BSCにおける顧客の視点とは、「ビジョンに基づいた戦略を達成するために、患者・家族などに対しどのように行動すべきか」という視点です。

そのための具体的な指標として考えられるのは、患者満足度、紹介率・逆紹介率・数、医療機器の共同利用率・数、二次医療圏における患者シェア、クレーム発生率・数などが挙げられます。

●内部プロセスの視点
BSCにおける内部プロセスの視点とは、「患者・家族、そして地域の医療機関などのステークホルダー(利害関係者)に対して安心・安全な医療サービスを提供するためにどのような仕組みを整えられているか」という視点です。

そのための具体的な指標として、クリニカルパス(院内パス、地域連携パスなど)の使用率や内容の精査、ヒヤリハットなど医療安全に関する院内の取り決め、業務マニュアルの見直しなどが挙げられます。

●学習と成長(組織能力)の視点
BSCにおける学習と成長の視点とは、「ビジョンに基づいた戦略を達成するために、組織としてどのようにして変化と改善のできる能力や環境を維持するか」という視点です。

そのための具体的な指標として、資格保有率・数(認定看護師・特定行為研修修了者など)、職員満足度、院内勉強会の実施やその内容など、組織内で知的資産がどれだけ蓄積されたかを示す事柄が挙げられます。

学習と成長の視点で考慮すべき点は、目標設定においてその年度の実績に直接影響するものは少ないため、中長期的な人材への能力向上のための投資や組織の活性化への効果が業績へ影響していくことを期待する指標が中心になるということです。

4つの視点は相互に影響し合う

これらの4つの視点はそれぞれが独立しているのではなく、互いに関係し、影響し合っていることが重要なポイントであり、それぞれのバランスがよりよい組織作りにつながることを認識することが大切です。

例えば、財務の視点を向上させるためには、顧客満足度も業務プロセスの向上も、それを遂行するために職員が学習する機会も必要になります。
このように多角的な視点からよりよい組織作りのために目標実現を目指せることは、さまざまな専門職種が集まるためにさまざまな価値観を考慮した運用を考えなければならない医療機関の特性に合うと考えます。

次回「医療とBSCの相性がよい理由」は10月上旬配信予定です。

初出:「ナーシングビジネス2023年秋季増刊」より一部改変


第4回 なぜ病院・看護部でBSCが使われるのか

上村 久子
株式会社メディフローラ代表取締役
看護師・保健師・心理相談員

東京医科歯科大学にて看護師・保健師免許取得後、看護師実務の傍ら慶應義塾大学大学院にて企業人事・組織論を勉強。大学院卒業後、医療系コンサルティング会社にて急性期病院を対象とした経営改善に従事。 現在は病院経営アドバイザーとして、医療機関所有データ(看護必要度データ、DPC データ等)を用いた病院経営に関するアドバイスやデータ分析研修会、診療報酬勉強会、組織活性化研修等の人材育成の研修・教育サービスを提供中。
専門は、院内データを活用した病院経営、看護マネジメント、人材育成。自らの臨床経験とデータ分析能力を活かし、大学病院からケアミックス病院まで病院規模や病院機能を問わず幅広く活動している。


ナーシングビジネス2023年秋季増刊
看護管理者のためのBSC(バランス・スコアカード)活用術
見よう見まね・我流から脱却する!

上村 久子 編著
メディカ出版 2023年11月刊行
B5判 156頁 3,080円(税込)
ISBN: 978-4-8404-8085-7

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