(VISIONARY-KANGOBU_No.3)
ツーカーが通じない組織でいかに意思統一を図るか
長引くウクライナ戦争やパレスチナの紛争、私たちを取り巻く不安定な社会情勢は、決して対岸の火事ではなく、日々私たちを取り巻く組織マネジメントの課題が、国家や民族レベルの課題として表出されている一つの事象であるように思います。
近年の組織マネジメントの難しさの一要因に、ハイコンテクスト社会からローコンテクスト社会へのシフトがあります。
ハイコンテクスト社会とは、多くのコンテクスト(文脈)を共有する人々が集まっている状態です。構成員の間で、文化的な慣習や価値感があらかじめ共有されており、いちいち言葉で説明などしなくても、空気を読めばツーカーで話が通じる社会です。
ローコンテクスト社会とは、コンテクスト(文脈)の共有度が低い人々が集まっている状態です。
文化的な習慣や価値感が構成員の間で共有されていないため、あらゆる前提を言語化して論理的に説明しないと話が通じない社会です。
私たちは、ハイコンテクスト社会からローコンテクスト社会へのシフトの真っ只中にいます。現在の組織は、これまでの立場・職種の違いに加えて、世代の違いによるコミュケーションギャップが加わり、昭和・平成・令和と多様な価値観の構成員が混在した状態です。このようななかで組織の意思統一を図っていくことは、きわめて難易度の高いテーマでしょう。
では、マネジメントは「違い」をどう乗り越えていけるのでしょうか。
「表面的な会話」から「対立的な会話」まで
図は会話の4level を表したものです。level1は表面的な会話です。
たとえば、初めて知り合う人には、出身地や趣味や仕事など当たり障りのない会話をして、相手が自分にとって危険な存在でないかを確認し、また相手にとって自分が危険でないことを伝えるような儀礼的な会話をします。
お互いに安心安全が確認できると、次にlevel2 に移ります。level2 は対立的な会話です。ここではお互いに自分の考えを主張します。これが、いわゆる「討論」「ディスカッション」と呼ばれる会話です。
ディスカッションの末に、より良い答えを見いだすことができればいいのですが、討論番組を見てもわかるように、level2の段階は自分の意見が正しいという前提があるため、自分の価値観にそぐわない考えは間違っていると判断し、相手を正そうとしたり、説得してわからせようと試みます。
特に、組織内では権限パワーが発揮されるため、最終的には、部下は上司の意見に従うか、上司の考えに納得せずに職場を去る、もしくは表面的には従っているフリをして、一定の距離をとる、つまりlevel1の表面的な会話の関係に戻ることが少なくありません。
幼少期から大人に至るまで私たちが教育で教えられてきたことは、自分の考えを話し、相手の考えを聞く、level2の会話までです。しかし、仮に相手と考えが相容れなかったときはどうすればよいのでしょうか。反対にあったとしても自分の主張を貫き通すことが正解なのか、それとも、自分の考えを引っ込めて、相手の考えに従いその場を収めることが適切なのでしょうか。
「正解」がある成長社会においては、level2の会話で成立したかもしれませんが、「正解」なしの成熟社会においては、主張のぶつけ合いは、討論を超えて対立や紛争にまで発展していきます。
「探求的な対話」への鍵はダイアログ
では、どうしたら私たちは対立的な会話を超えられるのでしょうか。level2の会話からlevel3の会話へと展開する鍵はダイアログにあるといわれます。一般的には「対話」とも呼ばれますが、ダイアログを開発した米国の物理学者であるデヴィット・ボームは、ダイアログを「参加者が共通の理解に達し、何の判断も下すことなく全員の視点に立つことを目的とした、グループ間の自由な会話である」といっています。
「討論」か「ダイアログ」かの大きな違いは、それぞれが評価判断を加えずに聴くことができるかどうかです。求められるのは内省力と聴く力です。
私たちは、自分なりの価値基準に基づき、「それはよいこと」「それは間違っている」と相手の話をジャッジしながら聞いています。しかし、ダイアログは自分の立場や見解に固執せず、相手の話をありのまま、判断や評価をせずに聴くことで、自分・相手の行動の背景や、思考プロセスに意識を向けます。
level3 は「探求的な会話」ともいわれ、相手が主張する意見の背景や奥には、どのようなストーリーがあるのか、どのような感情やニーズがあるのか、より深く聴きあいます。発言するほうも、自分自身の発言の背景にある想いを語りはじめます。そうすることで、日ごろ気づくことができない共通の思いに気づいたり、新しい行動や意味が生まれ、これまでの延長線上にない新たな解が生まれることも少なくありません。
二つの力を使い分ける
イスラム神秘主義の詩人ジェラルディン・ルミは「『間違った行い』と『正しい行い』という思考を超えたところに、野原が広がっています。そこで逢いましょう」と記しています。
私たちが日ごろから信じて疑わない「正しい」「間違っている」という思考から、いかに自由になれるかが、違いを含んで超えていくためにマネジメントが問われていることではないでしょうか。
そして、そのためにはまず、自分が相手の話を本当の意味で聞けていないことに気づくことではないでしょうか。
文献
マーシャル B. ローゼンバーグ..NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法.日本経済新聞出版社,2012.
渥美崇史(あつみ・たかし)
株式会社ピュアテラックス代表取締役。
大学卒業後、(株)日本経営に入社。ヘルスケアの業界を中心に人事コンサルティングに従事する。その後、人材開発・組織開発の分野に軸足を移し、リーダーシップ開発や組織変革に取り組む。2018年に(株)ピュアテラックスを設立。