岐路に直面したら難しいほうを選ぶ

私は 30 年近く病院に勤務し、その多くの時間を臨床の看護管理と看護師のキャリア開発、継続教育等に関わってきました。
しかし看護管理者というキャリアは学生や新人の頃から目指していたところではなく、むしろその時分は救急看護に関心がありました。
状況が一転したのは仙台の病院に就職して 3 年が過ぎ、救急看護の実践ができる病院への転職を考え始めていた頃のことでした。
看護部長に呼ばれ、「あなたを将来、幹部の一人として考えている」と言われ、「日本赤十字社幹部看護婦研修所」への入所を打診されたのです。

幹部とは考えもしていなかったことだったので、そのように評価してもらっていたのかと本当に驚いたのとともに、部長から直接お話いただいたことで、部長の思いが心に響き、とてもうれしく感じました。
同時に、「言葉で伝える」ことの大切さも学びました。
しかしその話を受けた場合、1 年の研修期間中は東京で生活することになります。
当時、結婚して間もなかった私は、単身赴任をしてまでやりたいとは思えず、辞退を申し出ようとしていました。
ところが夫から「仕事を続けていこうと考えているなら受けたほうがよい」と背中を押され、その話を受けることにしました。

今思えば、それは私にとって最初に経験したキャリアの大きな岐路だったと思います。
よく「岐路に直面したら難しい道を選ぶ」などといいますが、私も難しいほうを選択したことで、自身が潜在的に管理に興味関心を持っていたことに気づかされ、このときの選択が後の自分の人生を大きく変えることになったと思っています。

さてその研修は、看護師に必要な一般教養のほか、英語や体育など、大学と単位変換できるカリキュラムで構成されていました。
私にとっては「看護とは何か」「教育とは何か」を深く考える機会となり、自身の学習観、人生観が変わりました。
教育がその人の人生観に影響することの素晴らしさを実感し、看護師の継続教育に強くひかれました。
研修後は、看護師のキャリア開発ラダーの仕組みづくり等に取り組みながら、大学院への進学を考えはじめました。

原 玲子(はら・れいこ)
日本赤十字秋田看護大学学長。仙台赤十字病院で手術室、外科病棟、外来の看護師長、教育担当看護副部長を経験後、日本赤十字社幹部看護師研修センター教務部長として認定看護管理者教育に携わる。専門は看護管理学。

 出典元 Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)2024月7号
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