山あり谷あり 私の駆け出し師長時代:CASE④
市立札幌病院 看護教育担当課長 佐藤亜紀

2025年8月に刊行した書籍『任命!看護師長』の連動企画。第一線でご活躍の方々に「駆け出し師長時代」を振り返っていただくリレー連載です。
ご自身でライフラインチャートに示しながら、“山あり谷あり”のエピソードをご紹介いただきます。

【看護師長任命】
検査・治療部門勤務から9年ぶりに病棟へ、そして看護師長を拝命。
配属病棟の看護師長は歴代ベテランといわれる方々が務められていたこともあり、「とにかく頑張らないと」とプレッシャーを感じながら、目の前で起こる出来事に向き合っていました。
笑顔でいながらも、内心ドキドキな毎日でした。
【対話期】
スタッフと「看護」を話し合う中で、一人ひとりの個性や強みを見つけることができました。
スタッフが強みを活かし、伸び伸びと力を発揮できる部署をつくることが私の役割だと考え、「全員が活躍する部署」を目指しました。
スタッフと対話を重ねた1年でした。
【充実期】
看護師長2年目の冬、複数のスタッフがインフルエンザに罹患。大幅な勤務変更が必要になりました。
スタッフが自ら勤務変更を申し出てくれるなどして、なんとか乗り越えることができました。
危機的な状況ではありましたが、部署の一体感を感じ嬉しい出来事でした。
看護師長になって2年、信頼するスタッフの力に支えられ、「看護師長になってよかったな」と実感できました。
【とまどい期】
看護師長3年目、病棟から再び外来・検査治療部門へと異動になりました。
病棟看護師長としての達成感とともに、寂しさを感じながらの異動でした。
検査治療部門は、かつて9年間所属していた部署であり、プレイングマネジャーとならないよう意識して行動していました。
【安定期】
外来・検査治療部門では病棟と外来との連携に取り組みました。
外来は、経験豊かなベテラン看護師が多く、とても頼りになりました。
一方で、新しい取り組みに踏み出せないこともありました。
外来看護の専門性と楽しさについて一人ひとりのスタッフと共有し、ゆっくりではありますが、前に進みだしました。
【混乱と忙殺期】
看護師長の立場から医療安全管理者(医療安全専従)に任命されました。
自分の選択肢の中にはない異動でした。看護師長としての今までの取り組みを否定されたような感覚になったのが、正直な気持ちです。
そのようなネガティブな気持ちを持ったまま異動したわけですが、異動初日から周囲は医療安全管理者としてさまざまな案件を持ち込みます。
毎日、わからないことを調べ、何とか対応することに忙殺されていました。
【思考変換期】
「このままでは楽しくない!」と思い、わからないという不安を少しでも払拭することにしました。
経験不足は他職種や他施設の医療安全管理者の力を借りることで補いました。
また、全国的な医療安全推進活動の公募に挑戦し、院外でも医療安全に関わることになりました。
知識と経験豊かな医療安全管理者に多くのことを学び、人とのつながりが増えていくことで、充実感を得るとともに、さらに学びを深め、職員が安全な環境で専門性を発揮できる職場にしたいという思いが強くなりました。
【挑戦期】
再び、医療安全管理者から病棟看護師長へと異動になりました。
医療安全管理者としての道半ばという思いがありました。
一方で、医療安全管理者の時に部署で取り組んでみたいと考えていた「失敗をポジティブに捉え、失敗から学ぶ」活動に挑戦できる機会と考えました。
この活動は、副看護師長とスタッフの協力のもと実践し、効果の確証を得ることになりました。
ここでの活動の成果が、私のキャリアの転機となりました。
【管理部門へ】
2017年度より、看護管理部門の配属となりました。
医療安全の活動をどのように継続しようかと悩んでいましたが、看護部の運営に係ることで視野が広がり、新人看護師のインシデントの経験とメンタルヘルス不調の関連性を認識するきっかけとなりました。
【メッセージ】
新たな事柄に挑戦することで、予想もしなかったキャリアの可能性が拓けることがあります。
何かに挑戦できる貴重な機会を逃さず、看護師長という役割を楽しんでください。
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佐藤亜紀(さとう・あき)
市立札幌病院 看護教育担当課長/認定看護管理者
1992年市立札幌病院入職。看護師長、医療安全担当係長を経て2017年より看護管理部門へ。2022年医療安全担当課長(医療安全専従)、2024年より現職。
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