看護管理サポート:メディカ出版

未来のリーダーを育てる看護部長の役割

スポーツマネジメントから学ぶ!
チームを機能させるためのマネジメント力アップ講座_第9回

スポーツチームと医療看護組織には共通点があります。
リーダーシップやモチベーション、チーム作り、次世代の育成など、看護の明日をより輝かせるためのヒントをお届けします。

世代交代―看護部の「DNA」をどうつなぐか

部下に慕われてきた優秀な管理者も、いずれ定年退職の時を迎えます。
どの職場にも、「あの人がいるだけで安心できる」「困ったときは、まず相談したい」と思われる存在がいるものです。
そんな人が静かに現場を去るとき、残されたメンバーは感謝や労いの気持ちとともに、小さくない不安を覚えます。
「次は誰があの役割を担うのだろう……」と。

看護部においても、世代交代は避けて通れません。
しかし、それは単なるポジションの入れ替えではなく、長年にわたり培われてきた看護部のDNA(理念・価値観・文化)を受け継ぎ、発展させる重要なプロセスです。
看護部の「見えない財産」は、ー朝ータに築かれたものではありません。
それをいかに伝え、守り、磨いていくか、そのためには次世代リーダーの育成が重要になります。

スポーツチームに学ぶ「意図的な育成」

現場からは、「次を担うリーダーがなかなか育たない」という声をしばしば耳にします。
若い世代は知識や技術の吸収が早く優秀である一方、リーダーとしての自覚や組織を動かす推進力に欠けるという指摘もあります。
その背景には、出世や管理職登用に魅力を感じにくい価値観の変化に加え、業務多忙による余裕のなさや、経験から学ぶ機会の不足があると考えられます。

名門と呼ばれるスポーツチームでは、つねに世代交代を前提にチームづくりが行われています。
「いまの主力を育てる」と同時に、「次にチームを託す人材をどう鍛えるか」をつねに意識しています。
彼らは次のエースやキャプテンが自然に現れるのを待つのではなく、意図的に育てる仕組みを持っています。
指導者はあえて若手に重責を担わせ、プレッシャーのなかで考え抜く経験を与えます。
成功体験だけでなく、悔しさや挫折の意味づけを支援する過程こそが、リーダーを育て、チームの伝統を次世代へとつないでいくのです。

「ー皮むける経験」が人を強くする―試練を通じた自己成長

リーダーとして成長する過程には、必ずといってよいほど「一皮むける経験」があります。
それは、成功よりもむしろ、失敗・挫折・葛藤・迷いといった苦い経験の中に潜んでいます。
一見つらく感じられる出来事こそが、自らを知り、価値観を問い直し、リーダーとしての軸を形成する契機となるのです。
リーダーシップ研究の著名な研究者であるウォレン・ベニスは、リーダーとして成功した人々には以下の二つの共通点があると述べています()。

クルーシブルな経験これまでの行動や考え方を一変させるような決定的な試練、忍耐と信念を厳しく試されるような出来事(経験)
強い学習意欲   困難や失敗を単なる痛みで終わらせず、経験から謙虚に学び、より高い次元に自身を成長させようとする強い意欲(適応力)
 リーダーとして成功した人の共通点

つまり、リーダーは生まれつきなるものではなく、困難な経験を通して学び、自己成長を重ねることでリーダーへと育っていくのです。
そして、看護部長の役割は、部下がそのような「試練の経験」を安心して学びに変えられるよう支援することにあります。

教育心理学者のデイヴィッド・コルブが提唱した経験学習モデルは、リーダーが成長していくプロセスを的確に説明しています。
人は単に「経験した」だけでは成長せず、次の4つの段階を循環させることで学びを深めていくとされています。

 経験学習モデル

たとえば、「想定外のトラブルに直面し、戸惑いながらもチームで乗り越えた経験」「人間関係の衝突を通して自分の伝え方を見つめ直した経験」など、こうした出来事を振り返り、意味づけ、次の実践へとつなげていく過程こそが、まさに経験学習のサイクルです。
看護部長がこの「内省の時間」「概念化」「実践」を意図的に支援することで、経験は単なる出来事から「学びの資源」へと変わります。

また、世代交代を円滑に進めるためには、「経験の継承」も欠かせません。
長年にわたり現場を支えてきた管理職者が持つ暗黙知は、文書化だけでは十分に伝えられないものです。
それらを部下や後輩が日々の実践のなかで観察し、試行錯誤を通して体得していく過程にこそ、世代交代の本質があります。
だからこそ、世代を超えた対話や経験共有の場を意図的に設けることが重要です。
「どのように乗り越えてきたのか」という経験の語り合いが、リーダーシップのバトンを次の世代へと手渡すことにつながるのではないでしょうか。

暗黙知:長年の経験の積み重ねを通して形成される実践的な知識であり、状況判断や人との関わり方など、言葉や文章で説明することが難しい知識

本連載「スポーツマネジメントから学ぶ!チームを機能させるためのマネジメントカアップ講座」では、スポーッチームと看護組織の共通点に着目し、リーダーシップやチームづくり、次世代育成などをテーマに取り上げてきました。

一人ひとりが自分の強みを活かし、互いの力を引き出しながら成長していくことが、看護組織の未来を創っていきます。
本連載が、日々の忙しさのなかでも「少し立ち止まって考える時間」となり、よりよいチームづくりを考えるきっかけとなっていれば幸いです。
これからも、看護現場の明日をより輝かせるために、それぞれの現場で「チームが機能するマネジメント」を実践してほしいと願っています。

引用・参考文献

1)Bennis, WC & Thomas, RJ.Geeks and geezers: How era, values, and defining moments shape leaders-how tough times shape good leaders Harvard Business School Working Knowledge. 2002.(ウォレン・ベニスほか.“こうしてリーダーはつくられる”.東京.ダイヤモンド社. 2003.
2)水野基樹.“リーダーシップ理論の新機軸ースポーツマネジメントと組織論のダイナミズムー".東京,創成社.2025. 

………………………………………………………

芳地泰幸(ほうち・やすゆき)
順天堂大学スポーツ健康科学部准教授
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科准教授(併任)
香川県生まれ。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学後、聖カタリナ大学講師、日本女子体育大学准教授を経て現職。公益財団法人大原記念労働科学研究所協力研究員。マネジメントの視点から組織活性化や職場の創造性、リーダーシップ開発について研究している。博士(スポーツ健康科学)。


人材開発と組織開発(スポーツマネジメントから学ぶ!チームを機能させるためのマネジメント力アップ講座_第8回)

Scroll to Top