ベッドサイドのDXをマネジメントする_第8回
医療現場のデジタル革新が叫ばれる昨今ですが、看護現場ではいまだ改革が進んでいない状況です。本連載では、デジタル化を進めることの目的とメリット、障壁に着目し、実際の取り組み事例を通して、看護職の新しい働き方につなげるヒントをお届けします。
本連載では、看護におけるデジタル化の必要性、ベッドサイドのデジタル化の実際について解説してきました。
最終回となる今回は、まとめとして「看護における」デジタル化の展望について考察します。
看護におけるデジタル化の必要性と展望
日本の医療を取り巻く環境は、高齢化による医療・介護ニーズの増加、看護師不足などさまざまな課題に直面しています。
これらの課題を解決し、持続可能で質の高い看護を提供する一助として、看護業務におけるデジタル化が強く求められています。
これまで紹介してきたベッドサイド端末を中心としたデジタル機器のみならず、業務効率化と質の向上や患者ケアの個別化と連携強化、看護教育と人材育成など、さまざまな分野で看護のデジタル化は進展していくと予想されます(表1)。
表1 看護のデジタル化の進展の予想
| 1. | 業務効率化と質の向上 | |
|---|---|---|
| ① | 電子カルテの高度化と標準化 | ・クラウド化による医療機関間での情報共有が容易になり地域医療連携の強化 ・音声入力や生成AI を活用した看護記録支援システムの普及 |
| ② | AI・IoTによる患者モニタリングとケア支援 | ・ベッドセンサー、ウェアラブルデバイスなどによるバイタルサイン非接触・リアルタイム自動入力 ・AI による不穏行動の予知や容態急変リスクの予測の支援化 |
| ③ | ロボットの活用 | 自立搬送ロボットによる医薬品や検体搬送 |
| 2. | 患者ケアの個別化と連携強化 | |
|---|---|---|
| ① | PHR(Personal Health Record)の活用 | 患者自身がマイナポータルなどを通じて自身の健康情報等を管理・閲覧し、患者主体のセルフケアの促進 |
| ② | 遠隔医療(オンライン 診療・看護) | 在宅医療や過疎地域におけるオンライン活用による医療の地域格差の是正 |
| 3. | 看護教育と人材育成 | |
|---|---|---|
| ① | シミュレーション技術の高度化 | VR/ARを活用した実践的な教育・研修によるスキルアップ |
| ② | データ活用能力の向上 | デジタルデータを分析・活用したエビデンスに基づいた看護実践を推進する能力の向上 |
業務効率化と質の向上では、電子カルテの高度化と標準化において、情報共有を容易にするため、電子カルテを統一、クラウド化し、患者の同意のもと一部地域で実装中です。
また、音声入力の精度が向上し、生成AI を使用した患者基本情報の収集やサマリー作成などの運用も注目されています。
本連載で紹介したベッドセンサーやバイタルサイン非接触・リアルタイム入力も、患者モニタリングと看護ケアの支援、患者容態急変予測の支援として実装が期待されます。
患者ケアの個別化と連携強化においては、患者主体のセルフケアの促進や遠隔医療や看護のデジタル化による地域格差の是正が期待されています。
看護教育においても、VRを使用した実習オリエンテーションや学内演習など、さまざまな取り組みが行われており、今後さらなる進展が期待されます。
一方、デジタル化を推進していくには、その課題についても把握し、対応していくことが重要です。
デジタル化の課題と方向性
デジタル化を推進するための課題は、①技術への抵抗、②スキルギャップ、③医療情報セキュリティ、④導入コスト、⑤ヒューマンケアの維持に大別されます。
■ 技術への抵抗/導入時求められること
技術への抵抗については、新しいシステムが導入されたとき、看護師はテクノロジーへの過度な依存が自分たちのスキルを低下させる点や、システムの問題が患者ケアに影響を与えることを恐れ、その抵抗がテクノロジーの導入に負の影響を与えるとされています1)。
とくに看護業務にAI を導入する際は、看護のアセスメント力の低下などが懸念されています。
AIを導入するということは、日々の患者情報の収集や看護実践、看護記録が個別性を反映した内容であれば、AIへ渡る情報も個別性に対応したものとなり、サマリー記録の形骸化が解消されます。
その一方で、AI活用後は情報の信憑性などを確認することが求められます。
AIが作成したサマリーは本当に患者の情報を反映しているのか、個別性に対応したものになっているのかなど、サマリー作成の本来の目的である情報をつなぐことを忘れずに、AIを活用することが重要です。
■ 技術の受容と利用に関する統一理論
技術の受容と利用に関する統一理論(The Unified Theory of Acceptance and Use of Technology:UTAUT)は、情報システムの導入や新しいテクノロジーが組織や個人に受け入れられ、実際に利用される要因を説明・予測するために開発されたモデルです2)。
個人の「利用行動意図」と「利用行動」を予測する要因として、そのシステムを使えば記録時間が半分になるなどの「パフォーマンスの期待」、モバイル端末は直感的に操作でき、すぐに使いこなせるようになるだろうと感じられるかなどの「努力期待」、看護師長が新しいシステムを使うことを強く推奨するなどの「社会的要因」、十分な研修や困った際のサポート体制へのアクセスなどの「促進条件」が報告されています。
導入の際、看護管理者を中心に、これらの要因を強化することで受け入れも推進できると考えます。
■ デジタル化のリスク
看護のデジタル化のリスクとして、情報セキュリティやプライバシー保護のリスク管理に加え、業務継続性(BCP)のリスク管理も重要です。
デジタル機器がダウンした場合も、患者ケアと診療を継続できるよう、紙カルテへの記載方法など、代替運用への備えを行い、訓練することも重要です。
また、母体の大きな看護部でのシステム変更は、多くの職員が利用対象となるため、想定外の誤操作や誤入力、新旧システムの混在による混乱などが発生することも考えられます。
導入に際し、業務フローを作成するなどの準備に加え、導入後の定期的なモニタリングや、必要時にはシステムを含めた改善を行うなど、根気強く継続的に取り組むことが大事です。
おわりに
狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会としての、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会課題の解決を両立する」社会の実現に向け、Society5.0は動きだしています(図1)。

看護DXは単なるツールの導入ではなく、「看護師の働き方改革」「医療安全の確保」「質の高いケアの提供」という、日本の医療が抱える複合的な課題を解決するための構造改革の柱であるといえます。
デジタルテクノロジーに依存するのではなく、私たち看護職が主体的にデジタル化を推進していくためにも、看護の中心概念である「人間」「環境」「健康」「看護」を再認識すべきと考えます。
そして、看護の目的である人間を全人的にとらえ、環境の相互作用、健康レベル、それらに対応するための看護師の役割と機能である「看護師の本質」をより意識化し、個人の健康レベルや生活の質を高めるケア力が一層求められています。
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引用・参考文献
1) Matthew Wynn et, al. Digitizing nursing:A theoretical and holistic exploration tounderstand the adoption and use of digital technologies bynurses. Journal of Advanced Nursing. 79(10), 2023, 3737-47.
2) Viswanath Venkatesh et, al. User Acceptance of Information Technology:Toward a Unified View. MIS Quarterly. 27(3), 2003, 425-78.
3) 内閣府.Society5.0.https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/(2025年10月9日閲覧)
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伊藤 智美(いとう・さとみ)
名桜大学人間健康学部看護学科 上級准教授/社会医療法人仁愛会浦添総合病院 前副院長兼看護部長
日本赤十字看護大学卒業後、救急・集中治療領域で臨床経験を積む。琉球大学大学院保健学研究科(保健学修士)、大阪府立大学大学院看護学研究科急性CNSコース(修了)。急性・重症患者看護専門看護師として組織横断的に活動の後、教育担当副看護部長、副院長兼看護部長を歴任。現在は、名桜大学総合看護領域上級准教授。
▼出典元:Nursing BUSINESS 2025年12月号





