奇跡のようなこと

2020年に始まったコロナ禍は、多くの人々につらい体験を強いました。
この間、筆者は救急隊員や保健所職員の体験を聴く調査を行ってきました。
8時間以上も搬送先の病院が決まらず、感染防護衣を着たまま傷病者の部屋で立ち続けていた救急隊員や、夜間に帰宅しても病院選定依頼の電話がかかってくるため、数カ月間ソファでの仮眠しかとれなかった保健所管理職など、多くの人々が面接や質問紙で悲惨な状況を語ってくださいました。
また、医師や看護師、パラメディカルなどの医療関係者が、厳しい状況下の活動によって大きなストレスを被ってきたことが、ほかの研究でも明らかになっています。

筆者は、こうした災害に関わる職務に伴うストレス(惨事ストレス)を被った人々に講演するときに、ある文章をよく紹介します。
それは室蘭工業大学の前田潤教授が、東日本大震災の数カ月後に、公務員向けの雑誌『安全と健康フォーラム』に書かれた文章です。

「被災して生き残った職員も住民もまた、それぞれに『奇跡の一本松』である」

前田先生は被災地で公務員が住民からの強い怒りにさらされた状況を見て、この文章を表しました。
前田先生がこの文章に託された意味とはやや異なるのですが、筆者は今、コロナ禍の医療関係者を対象にした講演であれば、次のような意味でこの文を紹介しています。

「(あなた方は)コロナ禍において、大変な体験をされてきたと思います。
自身が感染するのではないかという恐怖。家族を感染させてしまうのではないかという不安。
働いても働いても、患者は減らず、いつになったらこの戦いが終わるのか、先が見えない徒労感。
部下の疲労を肌で感じながらも、対処することができないもどかしさ。
部下から怒りをぶつけられたつらさ。救えなかった患者のことへの悔み。
クラスターが発生した施設であれば自責感にもさいなまれたでしょう。
でも、あなたは医療活動をしてきました。そのことこそが奇跡なのではないでしょうか。
厳しい状況の中であなたが活動をされたこと自体が、奇跡のようなことなのです」

厳しい状況下で戦われた医療関係者の皆さまに、感謝の気持ちを込めて、これらの言葉を贈ります。

奇跡の一本松(提供:陸前高田市)

松井 豊(まつい・ゆたか)
社会心理学者。筑波大学名誉教授・消防大学校名誉教授、筑波大学働く人への心理支援開発研究センター研究員。対人関係、恋愛、惨事ストレスなどを研究している。

災害時における医療従事者のメンタルヘルス「災害時支援者である医療従事者自身のこころと体をどう守るか」
▼出典元 Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)2024月2号
https://store.medica.co.jp/item/130212402
▼Nursing BUSINESS(ナーシングビジネス)トップページ
https://store.medica.co.jp/journal/21.html
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