看護管理者は日々多くの業務に目配り・気配りが必要です。
国の施策や看護界を取り巻く状況、日々の働き方や組織づくりに関連した情報など、看護管理者が知っておきたい最新ニュースをご紹介します。
危機に瀕する日本の医療提供体制
日本全国の病院経営が、かつてない危機に瀕しています。
「物価高騰」「人件費上昇」「人手不足」という三重苦に直面し、公立病院や大学病院、地域の民間医療機関に至るまで、赤字の波が押し寄せています。
私たち看護職が日々の業務で感じる多忙さや制度の限界は、数字となって明確に表れてきています。
この未曾有の赤字によるしわ寄せは、最終的に私たちが提供する看護の質や、患者の命と暮らしにどう影響するのでしょうか。
国の施策や医療界を取り巻く状況について、看護職の視点から整理し、考えていきたいと思います。
公立病院・大学病院を襲う「過去最大の赤字」
【公立病院】
2025年9月30日に総務省が発表した2024(令和6)年度地方公営企業等決算報告は、日本の医療提供体制が抱える脆弱性を浮き彫りにしました。
総務省の発表によると、公立病院の経営状況は極めて深刻であり、2024年度は実に83.3%が経常赤字に転落しています。
赤字額の合計は驚愕の3,952億円に達し、これは前年度の2,055億円から約2倍近くに膨らんだ計算になります。
赤字拡大の背景にある原因は明確で、売上にあたる医業収益が増加しているにもかかわらず、その伸びをはるかに上回るペースで費用が増加しているためです。
具体的には、職員給与費が1,818億円増、材料費が1,118億円増となり、これに電気代やガス代といった光熱費などの運営費の急増が加わり、病院経営を圧迫しています。
【大学病院】
全国医学部長病院長会議(AJMC)が発表したデータによると、2024年度の国公私立大学病院の合計経常赤字は508億円に達する見込みです。
全国81病院のうち、57病院が赤字となっており、その危機的状況が裏付けられています。
国立大学病院長会議会長の大鳥精司氏は、この現状を「過去最大の危機」と表現し、強い懸念を示しました。
この窮状を脱するため、2026年度の診療報酬改定に向けて11%もの大幅なプラス改定が必要だと強く訴えています。
赤字の主な要因はコスト増であり、費用の内訳を見ると、医薬品費や診療材料費が2022年度比で14%超の大幅な増加を記録するなど、高度な医療を維持するためのコストが経営を大きく圧迫していることがわかります。
全国平均をはるかに下回る東京都内の病院経営
日本の首都であり、最も人口が集中し、日本の経済・社会活動の生命線ともいえる東京都においても、病院経営の危機は深刻の度合いを増しています。
東京で医療提供体制が崩壊することは、日本全体に極めて大きな影響を及ぼしかねません。
東京都が11月12日に発表した都内病院の経営状況に関する中間報告は、この危機感を裏付けるものでした。
報告によると、2024年度において、都内病院の67.9%が本業での損失を示す「医業赤字」に陥っており、その割合はコロナ禍以前の2019年度の50.4%から大幅に増加しています。
特に問題なのは、赤字の深刻さが全国平均をはるかに下回っている点です。
都内一般病院の医業利益率はマイナス9.6%という極めて低い水準であり、これは全国平均のマイナス2.3%と比べても大幅に劣悪な状況を意味しています。
圧倒的なコスト高が東京の病院を苦しめる(図1)
この顕著な収支悪化の背景には、東京特有のコスト高があります。
まず、総務省の消費者物価指数(2020年=100)を見ると、2024年10月の東京都区部における「食品」は120.0、「光熱・水道」は110.2と、病院の運営コストに直結する項目が大幅に上昇しています。
さらに、2024年小売り物価統計調査(構造編)による消費者物価の地域差データは、東京のコスト圧力を明確に示しています。
全国平均を100.0とした場合、東京都区部の指数は104.9と、名古屋市(99.1)や大阪市(99.4)といった他の大都市と比べても高い水準にあり、全国で最も物価の高い地域であることがわかります。

この物価高は、病院が支払う給与や材料費、委託費など、あらゆる経費に反映され、診療報酬という固定化された収入では吸収しきれない構造的な課題となっています。
【この危機的な状況を受け、東京都は11月12日の発表同日、上野賢一郎厚生労働大臣に対し、医療費用の増加に追いついていない現行制度の是正を求める緊急提言を提出しました。
提言の中核は、2026年度の診療報酬改定について「少なくとも約10%の改定が必要」という、大幅な引き上げの要望です。
大都市東京の医療が、制御不能なコスト増との間でいかに立ち行かなくなっているかを明確に示しており、このままでは日本の生命線そのものが脅かされかねない状況にあります。
地域医療をむしばむ「初任給の逆転現象」
この医療界全体の赤字構造が、看護職を目指す人材の確保に深刻な影響を与え始めています。
筆者は去る11月、浜松医科大学での講演に際し、静岡県の病院で地域医療のヒアリングを行いました。
そこで初めて知ったのが、浜松市にあるスズキの工場が高卒者に初任給20万円を提示しているという衝撃的な事実です。
一般的に、看護師の初任給(手当なしの基本給)は専門学校卒で約21万円、大卒で約21万5千円です。
しかし、高卒者が夜勤手当もない状況で20万円という高額な初任給を提示されることにより、高校卒業後に看護補助者になる者が激減しているとのことでした。
さらに他業種に目を向けると、損害保険ジャパンは短大卒に28万円以上の初任給を提示しており、世の中では「初任給の逆転現象(新人の方が既存の社員よりも給与がよくなる現象)」という言葉が生まれるほど、新卒に手厚い給与を出す動きが加速しています。
高卒の一般労働者の平均初任給が約19万円台であるのに対し、看護師の夜勤手当を除いた基本給との差はわずかです。
赤字が拡大し賃金アップが硬直化した医療業界と、景気の回復と人手不足で攻勢に出る他業界との間で、給与水準の「ねじれ」が生じているのです。
赤字はどこへ? そして看護の未来は?
病院が生み出した数千億円規模の赤字は、「病院経営の体力」を削り取り、賃金水準の硬直化を通じて、やがて未来の看護師が「赤字業界」を敬遠するという状況をもたらすでしょう。
そしてこの体力の低下は、人件費の抑制、医療機器の更新遅れ、新しい教育・研究への投資ストップというかたちで、最終的に私たち看護職、さらに患者へのしわ寄せとなって返ってくるのではないでしょうか。
赤字による人件費抑制は、賃上げや労働環境改善の妨げとなり、結果として若手医師や私たち看護職の離職につながる可能性があります。
また、経営が悪化すれば、高度な医療を提供するための最新技術の導入や診療材料の確保が難しくなり、地域医療の最後の砦である公立病院や大学病院の機能維持に直結する問題です。
診療報酬改定をめぐる新内閣の姿勢
この赤字拡大の状況下で、診療報酬の改定率を決める新内閣の姿勢は注目されます。
政府は、物価・賃金を含めた社会・経済の変化、医療機関の経営状況、そして医療保険制度の持続可能性の観点を総合的に勘案すると述べており、単純な増額論には傾倒しない姿勢を示しています。
病院の赤字が過去最大レベルに膨らむなか、国が「環境変化への対応」を基本方針に掲げたとしても、医療費抑制の圧力も根強く、医療機関が要望する10~11%といった水準の大幅なプラス改定が実現するかどうかは予断を許しません。
財務省が提示した「成長なき財政計画」の矛盾
さらに深刻なのは、財務省が2025年11月5日の財政制度等審議会で示した社会保障制度の改革案です2)。
財務省は「現役世代の社会保険料負担の軽減」を柱とし、70歳以上の医療費自己負担の原則3割への引き上げや、利益率が高い診療所と経営難の病院とで診療報酬に差をつけることなどを提案しました。
財務省は、医療・介護の現場に対して「生産性を上げよ」「効率化せよ」と要求する一方で、「現役世代の可処分所得を減らすな」「保険料負担を上げるな」と、投資原資となる報酬増額を否定しています。
これは、設備投資やDX(デジタルトランスフォーメーション)への投資、人材再教育に不可欠なコストを無視した論理矛盾にほかなりません。
診療報酬・介護報酬は、国が価格を縛る誤解を恐れず表現するならば「統制経済」下での公定価格であり、自由競争の原理は働きません。
報酬を抑え込み、投資余力を奪っておきながら、「なぜ成長しないのか」とたたくのは、まさに因果逆転の構図です。
本来、財務省がやるべきことは、単なる「締め付け」や「淘汰」ではなく、医療DX投資の減価償却優遇や再投資を促す税制設計など、医療機関の再投資を可能にする仕組みづくりに政策の方向を転換することであり、それこそが、持続可能な医療財政への唯一の道です。
制度の変革を迫る:海外に学ぶ「声の上げ方」
「看護の将来ビジョン2040」が目指す「いのち・暮らし・尊厳をまもり支える看護」を提供し続けるためにも、私たち看護職は、単に制度的な対応を待つだけでなく、この現状を深く理解し、医療の「費用対効果」や「働き方の最適化」について、より経営的な視点を持つことが求められます。
しかし、現場が声を上げても、構造的な課題が解決に向かわない場合、新たな行動も視野に入れる必要が出てきます。
海外に目を向けると、イギリスやアメリカ、韓国や中国では、看護師が労働条件や患者安全の確保、そして医療制度そのものの改善を求め、ストライキを実施する事例が増えています。
日本においても、一部の労働組合が実施する労働条件改善のためのストライキにとどまらず、医療提供体制の維持と患者の安全を守るために、公的な医療制度に対して直接声をあげる、より広範な意味での行動を選択肢に入れなければならない時代に近づいているのかもしれません。
私たちは現場の声を結束させ、この未曾有の危機を乗り越えるための具体的な行動を、今こそ起こしていく必要があります。
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引用・参考文献
1)東京都保健医療局.診療報酬改定等に関する緊急提言について.
https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2025/11/ 2025111209(2025年11月26日閲覧)
2) 財務省.財政制度分科会(令和7年11月5日開催)資料3社会保障①.
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia 20251105/03.pdf(2025年11月26日閲覧)

坪田康佑(つぼた・こうすけ)
慶應義塾大学看護医療学部卒。Canisius College(米国ニューヨーク州)卒/MBA取得。無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業し、2019年全事業売却。国家資格として看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など、民間資格ではメディカルコーチ・M&Aアドバイザーなどを持つ。
現在は国際医療福祉大学博士課程在籍、看護師図鑑(https://cango.blog/)を運営。
▼出典元:Nursing BUSINESS 2026年2月号




