看護管理サポート:メディカ出版

20年ぶりの「看護の定義」大改定が示す羅針盤

看護管理者は日々多くの業務に目配り・気配りが必要です。
国の施策や看護界を取り巻く状況、日々の働き方や組織づくりに関連した情報など、看護管理者が知っておきたい最新ニュースをご紹介します。

国際看護師協会(ICN)は2025年6月のICNコングレスで「看護(Nursing)」と「看護師(a Nurse)」の定義を20年ぶりに刷新しました。
今回はそのニュースを取り上げます。

看護師の役割を「人への援助」から「システムを動かす変革者」へと転換するこの改定は、単なる言葉の“衣替え”ではありません。
世界中の看護職の代表者がプロジェクトチームをつくり、1年をかけて練り上げた、私たち看護職の存在意義と、未来のヘルスケアにおける役割を再定義する壮大なプロジェクトです。
何より皆さんが日々の現場で感じている「看護の仕事は、もうベッドサイドだけではない」という実感に、国際的なお墨付きを与えてくれるものだと確信しています。

第1の柱:なぜ今、定義を変える必要があったか

まず、これまでのICNの看護の定義を振り返ってみましょう。(2002年修正版/1987年版をもとに筆者が概要を要約)

看護は、個人、家族、集団、地域社会を対象とし、健康状態のいかんにかかわらず、健康の増進、疾病の予防、苦痛の緩和を図り、人間としての反応への援助を行う

これはこれで非常に美しく、看護の本質を捉えていました。
特に「人間としての反応への援助」という表現は、看護を医療の単なる付属物ではなく、人間をトータルに捉える独自のアプローチとして確立するうえで、大きな役割を果たしてきました。
私たちは病気そのものではなく、病気によって生じる患者の不安、苦痛、生活の変化といった「反応」に寄り添う専門職であることを、この定義が力強く示してくれたのです。

しかし、この定義が策定されてからの20~40年間で、世界は劇的に変化しました。

・パンデミックと公衆衛生の危機:
コロナ禍は、看護師が感染制御の最前線だけでなく、公衆衛生の政策決定や、地域社会全体の健康維持に不可欠であることを痛感させました。

・技術革新と医療費の高騰:
AIや遠隔医療といったテクノロジーの進化、そして医療費の急増は、「個別のタスク」の遂行にとどまらない、システム全体を効率的かつ人道的に動かすための知恵とリーダーシップを看護師に求め始めました。

・社会の複雑化:
格差の拡大、気候変動、紛争など、健康に影響を与える問題が複雑になり、看護に「社会正義」や「公平性」といった視点が強く求められるようになりました。 
従来の定義は、主に「ベッドサイドでのケア(機能)」に焦点を当てていましたが、新しい定義は、これらの時代の変化を踏まえ、看護を「社会全体を変革する(アイデンティティ)」という視点から捉え直しています。この大転換こそが、今回の改定の核心です。

第2の柱:新定義が示す「看護師の新しい役割」

新しい定義は、看護師を単に「ケアを提供する人」ではなく、「システムをマネジメントし、未来を形づくる人」として明確に位置づけました。
新定義の中で、看護師の役割として新たに明確に盛り込まれた点(表1)は、私たち管理者にとって、最も重要視すべき「未来へのヒント」です。

表1

従来の定義
(重点)
新しい定義
(追加・強調)
意味する大転換
人間としての反応への援助サービスを管理し、保健医療システムを強化し、公衆衛生を推進する個別ケアからシステムケアへ
健康の増進、疾病の予防、苦痛の緩和リーダーシップを発揮、教育、研究、擁護(アドボカシー)、革新し、政策形成を行うタスク遂行から変革のリーダーシップへ
対象は個人・家族・集団・地域社会安全で持続可能な環境を醸成するケア提供から環境全体の整備へ

● 事例で考える「システム強化」と「政策形成」

皆さんの病院で、ある病棟の看護師長が退院調整のプロセスに課題を感じているとします。

【旧来の定義に基づく行動】
患者個々の退院支援を、時間と労力をかけて丁寧に行う

【新定義に基づく行動(システム強化・政策形成)】
1. 病棟・部署間の連携プロセスを分析し、遅延の原因となっている書類やシステムのボトルネックを特定する(サービス管理、革新
2. 地域の多職種連携会議に積極的に参加し、自施設の課題と地域のニーズをすり合わせ、円滑な在宅移行のための新たなガイドラインを提案する(擁護、政策形成
3. その結果を組織全体で共有し、院内の教育プログラムを改訂する(教育、リーダーシップ

もはや、看護師の仕事は「個人の抱える課題」を「個人の頑張り」で解決することではありません。
課題を構造として捉え、システムを再構築し、より多くの人々の健康に影響を与えるための「知的な仕事」であると、国際社会が認めたのです。

第3の柱:看護の独自性は科学と理念の融合

新定義では「看護師」について、「看護の科学的知識、スキルおよび理念に関する教育を受け、確立された業務基準と倫理綱領に基づき、看護を実践するよう規制されている専門職」1)と述べています。
特に注目すべきは、「科学的知識」と並んで「哲学」という言葉が強調されている点です。
従来の定義が「機能(何をするか)」に重点を置いていたのに対し、新定義は「基盤(何に基づいて行うか)」を深く掘り下げています。

看護の実践は、科学に基づく学術的知識(エビデンス)と、倫理基準(尊厳、公平性)、そして治療的人間関係(思いやり、優しさ)という、他のどの職種にもない独自の組み合わせを基盤としています。
これが意味することは、「優しさ」や「思いやり」といった看護の核となる価値観が、単なる個人の資質ではなく、科学的知識や技術と同じくらい重要な「専門職の基盤」として、国際的に公認されたということです。

社会正義/文化的な安全性という新たな視点

新定義は「看護は、思いやり、社会正義、人類のより良い未来のために尽力する」と、社会正義を明確に掲げ、文化的に安全なケアの提供を誓約しています。
これは、多様な背景を持つ人々に対して、その文化や価値観を尊重し、医療へのアクセスや質において不公平が生じないように、看護師が積極的に擁護しなければならない(アドボカシー)という、私たちへの明確な使命です。

皆さんの施設で働く外国人スタッフ、あるいは言語や習慣が異なる患者や家族への対応を考えてみてください。
単に「通訳を手配する」だけでなく、その人の文化背景を理解したうえでケア計画を修正し、必要であれば「平等な医療を受けられる権利」を守るために組織に提言する。
これも、新しい定義が私たちに求める「政策形成」の一環であり、「社会正義」の実践なのです。

管理者の私たちへ:定義を「ビジョン」に変える

看護管理者である皆さん。この新しいICNの定義は、皆さんの日々の努力と、これからの戦略立案を力強く後押ししてくれるでしょう。

1. 人材育成のビジョン:
新定義をもとに、「未来の看護師は、ベッドサイドにとどまらず、システムを動かすリーダーである」というビジョンを明確に共有することが大切です。
採用面接や研修で、この定義を軸に「システム改善の経験」「政策やアドボカシーへの関心」を問うことで、真の変革者となる人材を引き寄せることができます。

2. 経営層との対話:
「看護師は、サービスを管理し、保健医療システムを強化する専門職」というICNの公的見解を、「看護師の増員要求」や「IT投資の必要性」を訴える際の揺るぎない根拠として活用してください。
看護師のウェルビーイングへの投資が、最終的に医療システム全体の生産性向上と経済効果に繋がることを、ICNのレポートは示唆しています。

3. 私たち自身への投資:
私たちは、患者の安全で持続可能な環境を追求する前に、まず私たち自身の労働環境を安全で持続可能なものにしなければなりません。
ICNは、看護師の燃え尽きやメンタルヘルスといった課題にも警鐘を鳴らしています。
この定義を掲げ、皆さんが先頭に立って、健全な組織文化と働きやすい環境を構築し続けることを願っています。

この改定は、私たちが担う仕事の専門性と重要性を国際社会に再認識させるものです。
この新しい羅針盤を手に、皆さんの職場で、そして日本のヘルスケアをより良い未来へ導くために、さらなるリーダーシップと提言を発揮してください。

最後に、2025年9月に日本看護協会が正式和訳した文1)を以下に記します。ご確認ください。

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ICN「看護」の定義

看護とは、協働的で文化的に安全な、人々を中心としたケアやサービスを提供するという共通の責任ある行動を通じて、すべての人々の到達可能な最高水準の健康を享受する権利を守るために貢献する専門職である。
看護は、人々が健康および保健医療への公平なアクセスを得られるよう、また安全で持続可能な環境を確保できるよう行動し、擁護する。

看護の実践は、人々の生活の最も個人的な健康の側面における専門的なケアの提供において、看護専門職の理念と価値観を体現するものである。
看護は、健康を増進し、ケアの安全性と継続性をまもり、保健医療組織や保健医療システムを管理し主導するものである。
看護の実践は、科学に基づく学術的知識、技術的能力、倫理基準、治療的人間関係の独自の組み合わせを基盤とする。
看護は、思いやり、社会正義、人類のより良い未来のために尽力する。

(公益社団法人日本看護協会訳、2025年)

ICN「看護師」の定義

看護師とは、看護の科学的知識、スキルおよび理念に関する教育を受け、確立された業務基準と倫理綱領に基づき、看護を実践するよう規制されている専門職である。
看護師は、ヘルスリテラシーを高め、健康を増進し、疾病を予防し、患者の安全をまもり、苦痛を緩和し、回復と適応を促進し、生涯にわたりエンド・オブ・ライフにおいても尊厳をまもる。
看護師は、健康向上のために、あらゆる場において、アドボカシー、エビデンスを用いた意思決定、および文化的に安全な治療的人間関係を通じて、自律的かつ協働的に働く。
看護師は、人々を中心とした思いやりに基づく臨床的・社会的ケアを提供し、サービスを管理し、保健医療システムを強化し、公衆衛生を推進し、安全で持続可能な環境を醸成する。
看護師は、健康アウトカムの向上のために、リーダーシップを発揮、教育、研究、擁護、革新し、政策形成を行う。

また看護師は、あらゆる年代の、あらゆる場における人々の健康とケアにおいて独自の役割を果たし、個人、家族、コミュニティと信頼関係を構築し、人々の健康や疾病経験について貴重な洞察を得る。
看護師は、個別化された直接的ケアや社会的ケアを基盤として、継続的な教育、研究、そしてベストプラクティスの探求を通じて能力の向上を図る。

看護師の業務範囲は、教育レベル、経験、コンピテンシー、専門職基準、法的権限により規定される。
看護師は、保健医療の提供を支援する可能性のある人々との調整、それらの人々の監督や業務の委譲において重要な役割を果たす。

看護師は、災害、紛争、緊急事態の際には、しばしば最前線において対応し、勇気、貢献、適応能力を示すとともに、個人、コミュニティ、環境の健康への責任ある行動を示す。

(公益社団法人日本看護協会訳、2025年)

引用・参考文献

1) ICN看護および看護師の定義、2025年 公益社団法人日本看護協会訳.
https://www.nurse.or.jp/nursing/international/icn/document/ definition/index.html(2025年10月29日最終アクセス)

坪田康佑(つぼた・こうすけ)

慶應義塾大学看護医療学部卒。Canisius College(米国ニューヨーク州)卒/MBA取得。無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業し、2019年全事業売却。国家資格として看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など、民間資格ではメディカルコーチ・M&Aアドバイザーなどを持つ。
現在は国際医療福祉大学博士課程在籍、看護師図鑑(https://cango.blog/)を運営。

 ▼出典元:Nursing BUSINESS 2026年1月号
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