忘却という罪:戦争における看護師の義務

看護管理者は日々多くの業務に目配り・気配りが必要です。
国の施策や看護界を取り巻く状況、日々の働き方や組織づくりに関連した情報など、看護管理者が知っておきたい最新ニュースをご紹介します。

始まりは20年ぶりの後輩からのメッセージ

2026年の幕開けは、筆者にとって例年になく重苦しいものでした。
年明け早々、米国によるベネズエラ首相の拘束という衝撃的なニュースが飛び込み、さらには中国による台湾併合に関する会見が国際社会を震撼させていました。
テレビから流れるこれらのニュースを、どこか「対岸の火事」として、あるいは遠い異国の不穏なドラマでも観るかのような感覚で眺めていました。
しかし、その安気な無関心を根底から打ち砕く“出合い”がありました。
映画『医の倫理と戦争』の鑑賞、そして山本草介監督と、御年94歳になる日本の看護界のレジェンド・川嶋みどり先生のトークショーです。

きっかけは、実に20年ぶりとなる看護学生時代の後輩からのLINE メッセージでした。

 「 坪田さん、お久しぶりです。レジェンド川嶋みどり先生が出ている映画で、みどり先生のトークがあります。一緒にどうですか」

かつて私たちは、聖路加国際大学で開催されている「看護学生弁論大会」の実行委員として、「看護の未来」を語り合っていました。
当時の審査員席には、あの日野原重明先生が座っておられました。
あの頃、私たちは間違いなく「看護」そのものを見つめていたはずでした。
しかし、20年という歳月は残酷であり、筆者はいつの間にか、病院経営やマネジメント、効率化といった「数字」や「組織」の論理に忙殺され、かつての熱量をどこか遠い記憶の箱にしまい込んでいました。
その後輩からの誘いは、その箱をこじ開ける鍵となりました。

映画『医の倫理と戦争』とトークショー

映画『医の倫理と戦争』は、第二次世界大戦における医療関係者の戦争犯罪への加担と、その隠蔽いんぺいという重い事実に切り込んだ作品です。
石井四郎率いる「731部隊」の医師たちが中国人への人体実験を繰り返し、戦後その事実を隠しただけでなく、得られた知見を自らの功績にすり替えて医学界の中枢に上り詰めたという衝撃的な歴史から、現代の戦争につながるストーリーでした。

一見、今の私たちからは別世界の出来事のように感じてしまうかもしれません。
しかし、映画に登場する医療従事者(医療者)の真っすぐな眼差しからは、それが決して「過去に終わった話」ではなく、現代の医療現場が抱える倫理的問題と地続きであることが伝わってきます。

トークショーで山本監督は、この映画を撮る過程で直面した葛藤を吐露されていました。

 「 命を救う『医』と、命を奪う『戦争』。これほどかけ離れたものはない。当然、医療に携わる者は戦争にあらがうものだと思っていた。だが、現実はそうではなかった

この言葉に胸を突き刺されました。
私たちが現場でどれだけ努力を重ねて一人の命をつないでも、一生をかけて新しい治療法を開発しても、戦争が起こればすべてが無に帰します。
監督は、退院する患者を見送る医療者の心からの笑顔も、力及ばなかったときの深い苦悩も知っています。
だからこそ、「命への倫理が、いとも簡単に失われる現実」を医療者にこそ見てほしかったといいます。
その切実な思いが、スクリーンの端々からあふれていました。

続いて登壇された川嶋みどり先生の言葉は、さらに魂を揺さぶるものでした。
満州事変が勃発した1931年生まれ、戦火の中で思春期を過ごし、看護の道を歩み始めた先生は、94歳という年齢を感じさせない凛とした声で訴えられました。

 「 看護師はもっと声を出さなければならない。戦争に加担してはいけない

川嶋先生が日赤の看護学生だった頃、先輩たちは戦地へと送り出されていきました。
人を救うために学んだはずの看護師たちが、敵国の人はおろか、自国の人さえ救えなかった。
それどころか、極限状態の中で自国の人を安楽死させなければならなかったという現実に、先輩たちは泣いていたといいます。
さらに先生は、個人的な悲しみについても触れられました。
かつてご子息を交通事故で亡くされた先生にとって、その喪失感は今も癒えることはないでしょう。

 「 戦争で亡くなった兵隊の数は、そのまま帰りを待っていた母親たちの苦しみの数になる

自らも子を失った痛みを知るからこそ、数万、数十万という単位の命が奪われる。
そのような悲劇を量産する戦争を、決して繰り返してはならないと、命の尊厳をかけて訴えられていました。

看護の基盤である「平和」について考える

川嶋先生と山本監督の言葉を聞きながら、筆者は自分の無知を恥じるとともに、戦慄せんりつを覚えました。
私たち看護師は、自衛隊法第103条の規定に基づき、2000年代初頭の改正で、武力攻撃事態においては、たとえ民間に勤務していても「業務従事命令」の対象となる可能性があります。

知事らからの命令を受ければ、病院施設の利用だけでなく、看護師個人が医療業務に従事する義務が生じるのです。
拒否すれば罰則すら想定されるこの法律は、ある日突然、私たちの手に持っている注射器を「戦場の一部」へと変質させてしまいます。
筆者は、そのリアリティを完全に失念していました。
日々の経営指標に追われ、看護の基盤である「平和」という前提がいかにもろいものかを忘れていたのです。

 「 戦争をさせないことが、医療者の仕事の第一歩である

かつて日野原先生は、若き私たちにこう語りかけてくださいました。
この思想はWHO(世界保健機関)の決議書にも刻まれ、WMA(世界医師会)もまた「医の倫理は国家の法律に優先する」と宣言しています。
患者に不遇を強いる法や命令があるならば、あらがってでも命を守る。
それが医療者の矜持きょうじです。

私は、あの日野原先生のまなざしを、映画で先生の言葉が出てくるまで忘れていました。
実行委員として大会を成功させることに必死で、先生が未来の看護師に託した「平和への祈り」を、単なる高潔な知識としてしか受け取っていなかったのです。
20年ぶりに再会した後輩が筆者をこの場所へ連れてきてくれたのは、その「忘却という罪」から私を目覚めさせるためだったのではないかと深い感慨を覚えました。

忘却からの目覚め

世界が再び力による支配へと傾こうとしている今、私たち看護師はこの「倫理の砦」を再確認する必要があると思います。
看護管理職の皆さんに問います。
私たちは、目の前の経営効率やスタッフ不足に奔走するあまり、もっと大きな「命の危機」から目をそらしてはいないでしょうか。

山本監督が知った、いとも簡単に崩れ去る倫理。
川嶋先生が抱え続ける、子を失った母親の痛み。
そして日野原先生が種をまいてくださった、平和への哲学。
これらを他人事とせず、まずは「知ること」、そして「声を出すこと」。
それが、かつて戦場で涙を流した先輩たち、そして今を生きる患者たちの未来を守る、私たちの真の「業務」ではないでしょうか。

あの日、審査員席から見守ってくださった日野原先生の期待に応えるために、そして再会した後輩と共に歩むこれからの20年のために、今こそ、忘却という罪から目覚め、言葉を発し続けなければなりません。

この映画をぜひご覧ください。
一般社団法人日本男性看護師會でも上映会を企画していきます。

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坪田康佑(つぼた・こうすけ)

慶應義塾大学看護医療学部卒。Canisius College(米国ニューヨーク州)卒/MBA取得。無医地区に診療所や訪問看護ステーションを開業し、2019年全事業売却。国家資格として看護師・保健師・国会議員政策担当秘書など、民間資格ではメディカルコーチ・M&Aアドバイザーなどを持つ。
現在は国際医療福祉大学博士課程在籍、看護師図鑑(https://cango.blog/)を運営。

 ▼出典元:Nursing BUSINESS 2026年4月号
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